世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1263

『分析の歴史』を書見台に据える

末永 茂

(前いわき明星大学 非常勤講師)

2019.01.28

 表題の文献はシュンペーターの『経済分析の歴史』1954年刊行(『分析の歴史』と略記)である。大著は分量的に読み応えがあるのは当然だが,それ以上にじっくり頭を冷やすのには最適である。座禅を組むが如きものである。また,大著の魅力は無数の支流から成る大河の様なものである。要所,要所に絶景を発見することが出来るという,教科書では得られない知見に満ち溢れている。やはり,NPKのみの化学肥料だけでは旨いものは育たない。種々雑多な要素を含んだ有機肥料が欠かせない所以である。

 『分析の歴史』は経済学の歴史が古代ギリシャ・ローマ時代から回顧されているので,自分たちが学んできた経済学をどのように位置づけることが出来るのか。それを内省する上でも欠かせない書である。これに先立つ著書『経済学史---学説ならびに方法の諸段階』(『学説史』と略記)は1914年,1924年に出版され,歴史学派と限界効用理論との論争で構成を終結しているが,彼の経済学説は次のような観点から整理されている。『学説史』の最後で,

 「わが領域における方法・および学説の対立の激烈さは,しばしば発展の連続性を中断するもののように見える。しかしこの時事の論争も静かな労作の進行に対しては比較的に全く僅かな影響しか与えていないのは驚くべきことである。若し人々が山なす論争論議を見抜くならば,このように原則的な尖鋭さで規定されるのを常としているような対立がはなはだ少ないことを知るであろう。この対立が客観的に常に妥結し難いものではなく,また各種の流派がそのいずれの側からも容易に他を絶滅せしめ得るものでないことを見るものである。究極においてわれわれが今日欲するところのものは既にフィジオクラットが欲したところのものに他ならない」(傍線は筆者)

と「結論」付けている。

 これがシュンペーターの学説史観と言えるものであり,普遍的政策体系は事例研究を積み上げただけでは形成できない。しっかりした基礎理論をベースにしたものがなければ難しいことを指摘している。実学や実務からは大局観は得られないし,大局観なしに積み上げたものは,鉄筋も入っていないブロック塀にしかならない。

 さて昨今,経済学部を廃止しビジネス学部や経営学部に切り換える傾向が高まっているが,法科大学院の様な事にならなければ良いのだが,と懸念する声も既に上がっている。「実学」をいくら授業で取り上げたところで,それは「実務」にはならない。そもそもMBAを取得すると採用に有利になったり,出世が早まることが必ずしもないという話もよく聞く。エントリーシート作成に始まり,インターンシップ・内定式・入社式等々,現在の学生はアルバイトと就職活動に多大な時間を割いており,一体,実業界は大学に何を求めているのだろうか?

 むしろ,実業界自身が人事刷新のためにも「通年採用システム」に全面的に切り替え,オーバードクターやMBA取得者,司法試験合格者等を通常の雇用構造に織り込み,さらに「年齢制限」そのものを廃止したらどうだろうか,という感想を抱く。そして,大学では何人かの教授が同時展開で授業をする場合,実務科目と古典講読が隣り合った教室で実施して頂きたい。あるいは,同じ教授であるならば,2限目の授業は「経済学理論」を担当し,ランチ・タイムを挟んで3限目は「マーケット・リサーチ」の授業にして貰いたい,と願うのである。

 シュンペーターは資本主義のダイナミズムを『経済発展の理論』で論じ,起業家精神の発揚を促した。

 この精神の自由を保障する地域に人的資源は集まる。人の一極集中という現象である。だが他方で,移民のエネルギーは自国内改革のパワーに転換すべきであろう。移民を無条件で受け入れてきた合衆国の時代はそろそろ終了しても良いのではないか。1930年代の民族迫害の時代でも緊急的事態でもない現代は,人の移動は慎重でなければならないであろう。生産の3要素が全て自由に移動可能なら,全てが平行移動可能になる。貿易と投資が制限なく移動し,さらに,ヒトの固定もなくなったら座標軸を失うことになりはしまいか。そして,膨大な資源の浪費につながらないのか。資本は容易に国境を越える。しかし国家システムの保全はさらに重要な課題である。経世済民の学こそ経済学であり,経営学に解消できない根拠もそこにあると考える。国境は細胞膜の様なものである。当分,国家統治の課題は解消できないのが21世紀前半の状況である。それを考えると今度の『防衛大綱』は興味がそそる。「産業基盤の強靭化」と「知的基盤」の連携を明記しているからである。

 本稿で実業界へ多大な注文を付けたが,正月の縁起担ぎとして寛大であって欲しい。というのも,昨年末から明らかになったように,これまで産業界はG.フランク的(初期の)「従属理論」に回帰してしまったような国際企業構造を形成して来たからである。既にアジア・アフリカはフランスの植民地ではない。「在野に賢人なし」という労働市場を創造し,欧米に屈することなく自律的な企業体質に刷新して頂きたい,と願うのは筆者だけではないであろう。

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