世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
土地は人類共有の遺産
(富士インターナショナルアカデミー 学院長)
2019.01.21
ゴールドラッシュ(Gold Rush)はよく知られているが,21世紀に勃発した土地獲得競争のランドラッシュ(Land Rush)は,まだよく知られていない。
2007年から2008年にかけて,世界の食料価格が高騰したさなか,多くの穀物生産国が自国の食料供給の不安定化を防ぐために輸出規制を行ったことにより,食料輸入国が海外の農地を求めて,土地の争奪を始めた。
加えて,リーマンショック(2008年)によって,投機マネーが行き場を模索する中,海外の農地獲得が見返りの高い投資として,ランドラッシュを加速させた要因ともなった。さらに,基本的背景として,食料の「需要」に「供給」が追い付かないとい構造的要因がある。
生物多様性や小農,コミュニティの保全のために活動している国際NGOのGRAINの資料によると,主として2007,2008年以降,2012年2月現在の土地取得件数は合計416件数(改定後件数)に及ぶ。
膨大な表を筆者がまとめたところによれば,土地取得国の世界ランキングは,件数順位で記述(カッコ内は件数)すると,米国(41),英国(40),中国(37),インド(28),ドイツ(24),サウジアラビア(20),アラブ首長国連邦(19),フランス(18),シンガポール(18),韓国(16)である。これら上位10カ国が世界の62.7%を占めている。
ちなみに,日本の取得件数は3件(アルゼンチン,ブラジル,フィリピン)と少ないが,これについては,日本はこれまで開発輸入を主とし,川上まで進出して土地を取得し,自ら生産する方式が主流でないことによるものと推察される。
土地を提供している側から見れば,アフリカが51.2%(213件)と世界の土地取得が集中しているが,アフリカではモザンビーク(25),エチオピア(21)が多い。2位の中南米(64)ではブラジル(23)が断トツである。3位の欧州(56)では,ロシア(21)とウクライナ(11)2カ国に集中している。4位のアジア(43)ではフィリピン(14)が最も多く,5位の大洋州(37)ではオーストラリア(22)に集中している。6位の北米(3)はアメリカ(3)のみである。
2008年,韓国企業の大宇ロジスティックス社(Daewoo Logistics)が,マダカスカルの国内農地の半分に相当する320万エーカー(130万ヘクタール,ベルギーの国土の約半分)を99カ年無料で賃借する契約を締結したが,国内の政府批判が沸き起こり,政権が瓦解するに至り,契約は破棄された。多くの国が同様の農地争奪戦を繰り広げている中,韓国大宇ロジスティックス社の案件が特に注目されるに至ったのは,規模が際立っていたからであるとみられている。
土地は未来の人々からの預かりもの
土地取引は,力関係の圧倒的な不均衡によって,一方的になりやすい。土地提供国の権利を尊重し,双方が利益を享受する関係が確立されたものではなければならない。
土地取引が,力関係の著しくバランスの欠けている状況の中でなされた場合,約束された土地の管理,小作農の利益,土壌の持続的な保全等々が担保されないケースが生ずる可能性がある。持続可能な土地資源が担保されるウィン・ウィンの構築こそが全世界にまたがる土地取引の基本であると考える。
土地は,水,海洋,空気などと同様,市場で通常に取引される商品や不動産と異なる「人類共有の遺産」(common heritage of mankind)であると筆者考える。それ故に,それは,他国のもであろうと,自国のものであろうと人類が共有し,継承さるべき財産なのである。
米国の世界有数の穀倉地帯で,グレイトプレーンズと呼ばれている米国中西部の8州にまたがる世界最大級のオガララ帯水層(Ogallala Aquifer)では,膨大な地下水汲み上げが行われており,海水淡水化などの活用を図らない限り,やがて砂漠化する運命にある。その結果は,米国内のみならず,全世界に甚大な影響を及ぼす。中国の華北平原も同様である。国内のことは,当該国の権利であるという主張は,土地が「人類共有の遺産」という認識に立てば許されないことである。まして,アフリカをはじめとする未開の土地にその付けを回すことは,まさに「収奪行為」である。
世界の土地の持続的維持と自然環境を壊さない透明性が担保された国際的な開発政策のガイドラインが打ち立てられなければ,破局的結果が待ち受けているだろう。2018年G20農業大臣宣言では,土地利用管理の重要性を盛り込んでいる。土地問題の打開策は,世界が抱える喫緊の課題なのである。
過酷な砂漠地帯で生き抜き,現在も厳しい環境の中で,食物を育てているアメリカインディアンの間で継承されている「土地は未来の人々からの預かりもの」という教えを現代社会は深くかみしめるべきだろう。
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