世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
乱調から破調,その挙句は?:トランプ言動解説論
(関西学院大学 フェロー)
2019.01.07
昨年末の中間選挙に向けたトランプ大統領の言動は,いわば視聴率を必死に上げようとするテレビ番組の主役タレントのそれに比することができる。
視聴者の感情に,持ち前のショウマンシップで働きかける。
アメリカ・ファーストのスローガンの下,有権者の損得心に訴え,支持層との一体感を過度に強調する。そして,そうした態度を,政治のプロたちから酷評されれば,その批判したプロたちを逆攻撃して話題をさらう。
トランプの支持者向け主張は三つ。一つは,大量の不法移民を阻止し,合法的な移民を制限,国家の主権を取り戻す。二つは,製造業の雇用を米国に取り戻す。三つは,無意味な海外での戦争から撤退する。
しかし,これらの主張の基本性格は,米国の現実と実現可能性から判じて,政策というよりは,一種の社会運動色が濃い。要は,トランプの言動には,本人がそこまで意識しているとは思えないが,社会の既存フレームを大きく損なうリスクが内包されている。
政治は,社会の諸活動の基礎となるフレームを創る。社会の諸活動には,必然的にメカニズムが派生する。経済は,そうしたメカニズムに依拠して行われる活動の典型例。そして,メカニズムは,それが人間の営みである以上,変動を随伴する。
この尺度で観ていけば,政権二年のトランプの言動には,ある意味で自身すら予想外の大統領当選という結果に自縛され,いつしか現実政策路線への転換の機会を失い,そのため,やること為すこと,既存秩序への大胆な挑戦色を強めざるをえなくなってしまった,そんな後付け解釈もできようというもの。
しかし,こうした選挙時のキャンペーン方式とも一体化された,社会運動的路線の固定化は,現実政治の視点から見たとき,三つの次元でトランプ自身の政権基盤を脆弱化させてしまう矛盾を孕む。
その矛盾の第一は,政権の中核をなす人材の退出である。
昨秋,NY Times紙上に,行政府の高官が匿名で「私も政権の構成要員」とのタイトルでの投稿が載った。その趣旨は,トランプが想定外の荒唐無稽な行動に走らないよう,健全な民主主義の維持のため,政権内でチェックするのが我々の役割,といったもの。
さらに,最近売り出されたボブ・ウッドワードの,トランプ政権の内実暴露本「恐怖の男」の中にも,どこの誰が起草したかもわからない重要な対外経済政策文章に,トランプが署名してしまわないよう,大統領のデスクに置かれた当該草案を,ゲリー・コーン国家経済会議議長(当時)が抜き取った事例が紹介されている。
そして現在,そんなトランプを抑制しようとしていた政権幹部が,次々と更迭されている。司法長官や首席補佐官,国防長官の更迭は,そうした典型例。要するに,ブレーキを解除されたトランプは,暴走老人と化しつつある,というわけだ。
第二は,大統領と議会共和党との間の隙間風である。
トランプ政権のこれまでを振り返れば,立法成果は減税法の成立ぐらい。それとても,大統領の実績というよりは,選挙を控えた議会共和党指導部の努力の賜物。そんな議会共和党側の気持ちを斟酌もせず,実際の選挙でトランプは,経済の好調を与党共和党の立法成果だ,と強調することは殆どなかった。否,そもそも経済の好調を歌い上げる場面そのものが,殆どなかった。つまり,トランプは,いつも自分が先に来て,チーム共和党のスタンスを取れないのだ。
そんな間柄の空々しさは,昨年末の予算不足で行政府の一部を閉鎖しなければならない事態への,議会共和党側の対応の鈍さからも読み取れる。
共和党の上下両院指導部の中には,トランプ大統領と衝突して,今回選挙に不出馬だった議員も多い。その彼ら,とりわけ落選議員たちの何名かが,NY Timesなどによると,ワシントンでのレームダック審議に帰ってこない,と伝えられた。
本年の新議会開会までは,上下両院でなお多数派を維持するにもかかわらず,行政府を機能させるためのつなぎ予算案(その中にトランプは,メキシコの壁建設経費を計上している)を,共和党が採択できない。その理由の一端が仮に,トランプに対する自党議員たちの反発にあるのだとしたら…。要するに,トランプ嫌悪は“民主党側だけの専有物でもなさそうな雰囲気”が出始めている。
第三は,これまでは曲がりなりにも機能していたシステムを,交渉を理由に,一時攪乱してしまったツケが,回りまわってどの様な悪影響を招来するか,誰にもわかっていないことだ。
たとえば,中国との交渉に際し,トランプは先ず強面の顔を造る。そして相手が折れてくるのを待つ。しかし,こうしたやり方は,いずれ相手側に慣れられる。そうすると,トランプの突発的行動の,相手側に対する効果が次第に薄れ始める。
外交や国家安全保障分野にも,相手国との間で,暗黙裡にせよ,ある種のルールがある。昨年のトランプは,それらルールを一方的に破棄し続けてきた。その後遺症は,これから愈々,本格的に顔を出し始めるだろう。昨年末の株式市場の混乱は,こうした予兆とも見做される。システムに乱調を持ち込み,破調の出現する余地を作ったのだから…。
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鷲尾友春
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