世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
増える「頭脳」獲得型企業の買収
((一財)国際貿易投資研究所 客員研究員)
2018.12.17
日本企業によるクロスボーダーM&Aには,「頭脳」獲得型といえるものがある。買収先の企業の本業は研究開発や設計,ソフトウエアの開発である。このため,研究開発や設計等を専業とする企業に対するM&Aは,買収先企業がもつ開発能力,設計能力などの知的生産活動に対する「頭脳」の獲得を目指す買収とみることができる。
代表的なものがソフトバンク・ホールディングスによるARM Holdings (アーム)の買収である(2016年9月)。買収が成立した日本企業による外国企業の買収額では過去最高額(約319億ドル)である。アームは英国の半導体設計企業でスマートフォンから自動車,スマート家電まで,あらゆる電子機器に組み込まれる半導体を設計している。設計会社だから,半導体メーカーに設計図のみを提供する知的財産ビジネスを行う会社なので,アップルやクワルコムなどの自社工場をもたず生産工程のみを委託するファブレス企業と性格が異なる。アームの収入源は,①半導体製造会社に設計図の利用を許可する段階で契約料としてのライセンス収入(使用許諾),②半導体が工場で生産・出荷するとロイヤリティ(知的財産権)収入である。
アームのような企業をビジネスモデルにするM&Aを,「頭脳」獲得型M&Aと仮に呼ぶと,日本企業が係る買収は他にも例がある。
例えば,日本電産はドイツのdriveXpert GmbHを買収し100%出資の子会社にした(2017年12月)。driveXpertは,車載向け電子制御ユニット(ECU)ハードウェア及びソフトウエアのシステム設計,開発を専業とする従業員23人の企業である。
ソニーはベルギー企業のeSATURNUS N.Vを買収した(2016年8月)。eSATURNUSは,手術室内の内視鏡やカメラなどの機器からの映像信号をネットワーク経由で他の映像ソースと医療用情報などを組み合わせ画面生成と管理を行うソフトウエアで知られている。
田辺三菱製薬はイスラエル企業のNeuroDarm Ltdを買収した(2018年10月)。同社はパーキンソン病の治療薬に対し,新たな製剤研究,医薬品と医療デバイスを組み合わせる優れた技術開発力を有する医薬品企業として知られている,等。
研究開発が自社内,あるいは大学等と共同研究するなどの従来の方式だけの時代ではない。自社で行うのと並行し,自社の研究開発に比べ「弱い」分野,「不得意」な研究開発方法,競争相手になりそうな技術開発分野の企業を傘下に収めるのは,米欧系の大手IT企業の買収に見られる。
将来性がある新分野の開発競争が激化している今日では,先んじて短期間で成果を得るには,自社で取り組む以外に「頭脳」獲得型のM&Aは有力な手段になる。M&Aによる投資の方が資金的にも少なく,より確実な成果が得られる可能性を見越したと考えてもよい。十分な成果を得られた場合でも,自社が目指す方向と異なっている場合には,企業ごと譲渡することも可能だ。新たに莫大な設備投資,人的投資を行う場合より『失敗』のダメージが限定的になる。
頭脳獲得型のM&Aは,研究開発競争の世界においても重要な役割を持つ時代になっている。
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