世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
高価な必須医薬品を普及させるための課題
((一財)国際貿易投資研究所 客員研究員)
2016.08.08
WHOの「必須医薬品モデルリスト」(WHO Model List of Essential Medicines, EML)は,医療援助の際の指標になる最小限必要な医薬品を指す。医薬品の入手が困難な途上国にとって入手しやすさ等も考慮し選ばれている。2015年版では,新たに抗がん剤などが収録され,途上国の人々にとって必要な医薬品の範囲が広がった。
その一つにソバルディ(一般名:ソホスブビル)がある。先進国で「高価すぎる」と批判が高いC型肝炎ウイルスの治療薬である。2013年12月の承認を受け,1年で売上額が100億ドルを超え,2015年には世界1位の約191億ドル(前年比54%増。改良型のハーボニーを含む)。価格は米国で約1,000ドル/錠,日本は42,224円/錠。12週間の服用が必要なので,患者一人当たりの薬価は日本が約400万円,米国は8万ドルを超える。日本は高額医療制度を適用し患者の負担額は月1~2万円程度で済むが公的医療費の負担は大きい。欧米諸国では医療費抑制のために政府や保険会社が重篤な肝炎患者に限定し,それ以外の患者には使用を制限する措置をしている。
C型肝炎患者は先進諸国だけでなく,途上国,中進国にも大勢いる。その人々にも治療薬として使うことを奨励するのが必須医薬品の狙いである。ただし,先進諸国でも『高価すぎる』と批判がある薬を途上国で使えるようにするにはどうしたらよいのか。
メーカー(ギリアド・サイエンス社)は特許期間中にもかかわらず後発薬のライセンス生産を認めた。その結果,インドは4.29ドル/錠,メーカーが指定する「途上国」(101か国)は10ドル/錠で販売できる。ソバルディの特許を承認していない中国,ブラジルや,「途上国」に扱われないロシア,トルコなどは後発薬を発売していない。そのため,後発薬を求めて中国の患者がインド等に渡航し治療薬を入手する医療ツーリズムが起きている。
新薬の特許期間中に後発薬のライセンス生産を認め,新薬と後発薬の価格差が数十倍から100倍もある事実をどう理解したらよいのか。途上国に住む多くの人々に画期的な新薬が格安の価格で手に入ることは素晴らしい仕組みといえる。一方,先進諸国の人々の中には価格差に納得しない人も多いだろう。医療費の高騰をいかに抑えるかが先進諸国の共通の課題であるからだ。また,先進国でもなく途上国でもない中進国に住む人々に後発薬を供給するのか,価格をどう設定するのか決められていない。
新薬の薬価は安価であるのが望ましいが,新薬の開発に支障があるのは好ましくない。研究開発とその成果である新薬の薬価はどうあるべきなのか。新薬の開発には膨大なコストがかかる。研究開発に時間と費用をかけても成功は約束されていない。新薬の価格に占める研究開発費の割合は大きい。近年の新薬はバイオ医薬品で,研究開発費用は飛躍的に増加した。途上国の人々に提供する後発薬ための価格は,株主に対する利益を損なわず研究開発費を回収できるギリギリの決断であったとされる。
なお,TPP協定ではバイオ医薬品のデータ保護期間を8年とし,化学合成製剤の5年より長くすることで決着した。データ保護期間が長いと競合する後発薬の発売時期を遅らせることができ,開発コストの回収期間が長くなる。その結果,新薬の価格設定の際に価格を引き下げる効果がある。
今日では,C型肝炎同様に悪性腫瘍だけでなく,糖尿病等の生活習慣病も途上国が苦しむ公衆衛生上の問題とみなされている。こうした分野の疾患に対し,最新の医薬品がグローバルに求められていること,途上国に住む人々を含め多くの人々に最新の医薬品が行き届くための仕組みが不可欠な時代であることを示している。そのための価格のありかた,国を超えた開発コスト負担のありかたが問われている。
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