世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1175

イノベーションは中小企業から始まる

鶴岡秀志

(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)

2018.10.08

 技術イノベーション論に欠けているのは,どの市場で誰がどのように生産技術を作り出すかという論点である。生み出された技術が与える社会的影響についての歴史観も重要である。既にGAFAが圧倒的強さを有するIT/AI分野で我国が巻き返しを図り破壊的イノベーションに繋げていくことは容易ではない。むしろ,得意とする材料分野で炭素材料を見直すことが我国のイノベーションに繋がる。しかし,多くの人々は,「ナノカーボンは使えない技術ではないか」と指摘するだろう。これに対して実例を掲げたい。

 2014年度から埼玉県上田知事が,ナノカーボンを用いた中小企業振興策を開始した。このプロジェクトの開始当時,多くの研究所や有力企業がこの分野の工業化を推進していた。上田知事も大学や公的研究機関のシーズ研究を中小企業に当てはめることを期待していた。ところが中小企業向けの技術説明会を繰り返す中で,ほとんどの自動車関連部品メーカーが取引先から10年後に金属加工部品の発注がなくなると諭されていた事に気づいた。この状況から導き出されるのは,①鉄を中心とした金属は樹脂または炭素材料で置き換えられる,②炭素繊維(CF)応用材料であるCFRPは加工難易度と衝撃に弱い(脆い)欠点が有る,③炭素繊維の置き換えとしてCNTの研究開発を行っている中堅大手企業が多数ある,といったことである。2014年頃,CNTの主要な製造方法と加工方法は多大なリソースをつぎ込む開発方法が主流であり,大学や国の研究機関の成果は中小零細企業が手を出せるものではなかった。それならば,中小企業でも扱えるCNT製造方法に中小企業が培ってきた「あたりまえ」の技術を組み合わせることを考案した。日本の中小企業は世界に冠たる大企業を支えているだけあってそれぞれの得意技は大変優れている。この過程で難しかったのは,各社の得意技術を明文化することと不足技術を補い合う会社同士の相性マッチングである。

 途中脱落や新規参入を繰り返しながらも結果的に成功であった。ラボでの試作品を目指すのではなく,はじめから量産のあり姿を想定して開発を行っていった。結果として,生み出された量産または準量産の品々は,①電気伝導率,比強度,均質性が世界最高のCNTヤーンとそれを応用した繊維製品センサー,②熱可塑性樹脂を使って機械プレスで加工できる弾力性があり安価なCFRP代替製品(CFGP®),③ほぼ完璧な黒体で遠赤外線を放出し,最高温度600℃に達する面状発熱体,④面倒な前処理を行わないCNT樹脂コンポジットである。いずれも有りそうで無かった製品である。これらの製品だけでも十分イノベーションといえるのだが,得られた技術を組み合わせることで鉄鋼製品を置き換える技術となることが判ってきた。すなわち3000年以上続いた鉄器時代に終止符を打つ材料の生産技術を萌芽させたのである。

 この埼玉県知事が始めたプロジェクトはそれなりに発表を行って来たことと,CNTヤーンは地銀の中小企業発明賞も受賞しているので秘密ではない。ところが,大手企業が真似しようとして取り組んでいるにもかかわらず数年経ってもできないという不思議な状況が生じている。中小企業から見ればリソースの豊かな大企業がすぐさま真似できないことが不思議なのである。成功の原因というにはおこがましいが,どの製品も各企業が長年あたりまえのように使っている技術を工程ごとに適用した結果といえる。もちろん,工程の前後の「接続」をこまめに行ったことは言うまでもない。

 この結果から次のことが浮かび上がる。

  • 1.中小企業の中に破壊的イノベーションの要素技術が潜在している。
  • 2.各工程で必要な技術を有する企業を見つけ企業同士を結びつける。
  • 3.大手企業や公的研究組織が注目する技術アプローチ以外に目を向ける。
  • 4.下火になった研究開発に解決策が隠されていることが多い。

つまり,かつての大田区,城東地区,東大阪といった中小企業の集積地の中で行われていたことを行えばよいのである。昭和の時代と異なるのは,大手からトリクルダウン式に技術を降ろしてくるのではなく,水平分業と旗振り役を定めることである。未だに不思議なのだが,ナノ炭素という材料の世界ではベンチャー的な企業は,IT/AIやバイオとは大きく異なり技術力不足であることが浮かび上がってしまうという悲劇である。

 結果的に埼玉ナノカーボンプロジェクトは鉄鋼産業を脅かす「天使と悪魔」に育ってしまった。当然,既得権者である鉄鋼産業は炭素材料技術を潰しにかかるだろう。しかし,技術は一旦できることが判ってしまうと歯止めが効かなくなる。

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