世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
アリババ,テンセントの国際展開はリープフロッグイノベーション
(亜細亜大学 特任教授)
2018.09.03
リープフロッグ現象(Leap Frog)は最近よく耳にする言葉だが,中国新興企業のアリババ,テンセントの国際展開戦略はまさにリープフロッグイノベーションと言える。
リープフロッグ現象とは,先進国が遂げてきた発展過程をテクノロジーの活用により一段飛びで飛び越す現象である。特に新興国において,途中段階を飛び越え最先端の技術を取り入れて一気に進化することである。例えば,通信手段であれば,固定電話を持たことのないアフリカのマサイ族がいきなりスマートホンを持ったり,商業であれば,デパート,ショッピングモールを飛び越えてeコマースに行ってしまう。さらには,交通手段に関しては,自家用車を所有することなく,UBERを使う。さらに銀行口座やクレジットカードがまだないのに,FinTechやお財布ケータイを利用しているといった事例である。
世界時価総額ランキングのトップ10(2018年7月末時点)に,中国のアリババとテンセントが7位と8位に入ってきている。日本企業でトップはトヨタの39位で,他に50位以内の日本企業はゼロである。ちなみに,1989年のランキングでは日本企業が8社ランクインしていた。さらに,10社中7社はスタートアップ企業であり,彼らの急激な成長が今の世界経済を支えていると言って過言ではない。
アリババとテンセントの急激な多国籍化
アリババはもともと中国の中国人を対象とした企業であったが,2016年の1年間で急に多国籍企業(MNC:multinational corporation)となった。2016年中に,シンガポール,タイ,フィリピン,ベトナム,インドネシア,マレーシアなどでEC(電子商取引)を展開しているラザダ(Lazada)や,シンガポールのSingPost(郵便事業)やレッドマート(オンライン食品販売),タイのアセントマネー(金融会社)などを次々に買収したからである。さらに,2017年,追加投資でラザダの出資比率を83%に引き上げ連携を強化し,インドネシアEC大手Tokopediaにも出資した。
テンセントも同様に,2015年インドネシアのJD.com(ECサービス),2016年タイのオンラインポータル最大手Sanookを買収。2017年には,米電気自動車(EV)テスラに出資し,インドネシア最大のオートバイ配車アプリGojekに出資し,一気に多国籍企業の仲間入りを果たしている。
アリババもテンセントも,創業して10数年の新しい企業,スタートアップ企業である。アリババは1999年にジャック・マーが中国浙江省で創業し,2007年に香港,2014年に米国で上場した。テンセントはポニー・マーが1998年に深圳で起業し,2004年に香港で上場した。今や彼らは積極的な企業買収によって世界時価総額トップ10入りし,巨大多国籍企業として君臨している。まさにリープフロッグイノベーションの例である。
戦略の定石を飛び越えて
本来,多角化というのは最も難しく,戦略の禁じ手といえる。有名なアンゾフのマトリックスでも,新規の製品や新規の市場に挑戦するのは良いが,その両方を同時行う多角化での成功は難しいとされている。1980年初頭の名著『エクセレント・カンパニー』にも,Stick to the knitting(本業に専念せよ)と諫めている。日本企業のM&Aのセオリーは既存事業の強化で,殆ど多角化を手掛けない。M&Aでシナジー効果を生むには既存のビジネスでなくてはならないと信じられているからだ。日本のバブル時代,一般企業が多額の不動産・金融投資に踊り不良債権を作ったトラウマも一因である。現業集中が経営学のセオリー,戦略の定石であったが,中国のスタートアップ企業を中心に,M&Aの在り方をどんどん変えている。アリババは,本業のECビジネスを飛び越えて,エンターテインメント,ヘルスケア,トラベル等,一見無関係の企業をM&Aしている。テンセントも同様に本業のゲーム,SNSを飛び越えて,一見無関係な,ヘルスケア,シェアリング,自動車関連事業を買い漁っている。これらの多角化を含むM&A投資数・額は,2014年〜16年の3年間で,アリババが74件US$280億,テンセントが63件US$430億に上る(DI上海2017年)。Yahooやアリババを創設期に買い今のSoftBankを築いた孫正義氏の言葉が今意味を持つ。「囲碁の真の名手は,碁の石をすぐ隣に打たず,遠く離れた所に石を打つ。それが50手,100手目に非常に大きな力を発揮する。だから,あの時あそこに置いた(M&Aした)のかというのが,5,10年後に分かる」。
日本企業は,試行錯誤と地道な努力によって海外展開してきた
日本企業の多国籍企業化の歴史では,まずⅠ)「海外の商社・ディストリビューター利用」での販売を始める。うまく行き始めると自らのⅡ)「海外販売子会社を設立」し,販売が軌道に乗ってくると,Ⅲ)「海外自社工場」を建設し,地産地消できるようにする。最終的には研究開発R&Dやマーケティングやサービス機能などを移しIV)「自己完結型海外拠点」に育てていくという海外発展段階を辿ってきた。ところが,今のアジアの企業は,M&Aによって僅か1年でIV)「自己完結型海外拠点」を手に入れてしまうのである。これはまさにリープフロッグイノベーションの一つであり,日本企業のように段階的に海外に進出するのではなく,それを飛び越すようなM&Aを仕掛け,即多国籍企業化を展開するのである。
リープフロッグは,一般的には現象を表す言葉である。しかし,中国スタートアップ2社は,明確に戦略的な意思を持って突き進んでおり,まさにイノベーションである。日本企業の経営者も,イノベーション=技術革新の殻を破り,より包括的なリープフロッグイノベーションにチャレンジしたい。
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