世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
驚嘆,92歳でマレーシア首相に復権:その背景と意味するもの
(富士インターナショナルアカデミー 学院長)
2018.09.03
2018年5月10日,マレーシアで初の政権交代(マレー人与党UMNOの敗北)が起こった。マハティールは,1981年第4代首相に就任し,2003年までの22年間マレーシアの経済発展に大きな役割を果たした。以来,15年間のブランクを経て,92歳で,自身が率いる「マレーシア統一プリブミ党」に加え,野党「人民正義党」,華人政党の「民主行動党」などと野党連合を組織し,強権政権のナジブ政権に戦いを挑んだのである。
選挙戦は過酷を極め,ナジブ政権は強権的,金権的な選挙対策,報道機関への圧力,現政権に優位な選挙方法の仕組みなどあらゆる手段をつくして,マハティールつぶしに全力を挙げた。
マハティールは心臓バイパス手術を受けており,92歳という超高齢候補として,なぜ立ち上がったのか?
当選後,最初の訪問国として,6月日本を訪問したマハティールは記者クラブの会見で,「ナジブ政権は強権的・抑圧的・汚職体質政権であり,国家の方向性を変え,ナジブ政権が積み上げた巨大債務問題と取り組まざるをえないと考えた」と語っている。
マハティールは,実際に会って話す時は実に温和であるが,反骨精神は青年・壮年時代にすでに表れている。青年時代にはサンデー・タイムズ紙にペンネームで政治問題に投稿し,壮年時代には,政権指導部批判を痛烈に行い,UMNOから追放された。追放中に書かれたのが『マレー・ジレンマ』(THE MALAY DILEMMA)で,マレー人の劣等遺伝子(小さな農村共同体での親類縁者同士の結婚によるもの)や農村マレー人の早婚の弊害等を指摘し,多民族国家の国民的統合のあり方などを主張している。中味が過激とされ,マハティールの第4代首相就任まで国内発禁処分となったが,今日の同氏の理念的基盤がすでに表されている。
筆者は同書を翻訳したが,経済学者の故篠原三代平先生のアジア対話旅行に同行させていただいた事を機に,筆者の翻訳が決まった。
さて,福岡県宗像市で毎年開催されている「日本の次世代リーダー養成塾」(事務局長:加藤暁子)で,8月7日,再び来日したマハティールは,全国から選ばれた志ある高校生175名とアジア5カ国からの11名を含め,総勢186名を前に,一時間半近くの講義と30分程度の質疑を,立ったまま対応するなど,現在93歳という年齢を感じさせない人間力の強さを感じさせた。
マハティールは,将来のリーダーを目指す若者に対し,「日本は唯一の被爆国。戦争の破壊力を十分理解しているはず。核兵器が人類を破壊し尽くすことを理解しておれば,核兵器を使わないように努めるはずである。シリア内戦での近代兵器は先進諸国で生産されたもので兵器ビジネスが戦場を必要としている。
平和が担保される社会での技術進歩は,膨大な軍事費を再生可能エネルギーなどの生活を豊かにする技術に回せば,世界の未来は可能性の満ちたものになる。将来のリーダーを担う諸君は兵器を使わず,国家間の話し合いで解決する道を考えてほしい。国連は対立解決の場であるが,5ヵ国が拒否権を持っている。190ヵ国を越える参加国の大半が決めたことが国連の決定になる仕組みが作られなくてはならない。次世代のリーダーは平和な社会を目指すことが自分たちの使命だと考えてほしい。
このようなリーダー養成塾が世界各地に作られれば,お互いにコミュニケーションが進むであろう。マレーシアに『相手のことを知らなければ,相手を愛することができない』ということわざがある。若い人たちが各国に旅行し,現地の人々を知り,愛する気持ちを育ててほしい」と具体的な平和構築の方法論にまで話が及んだ。
筆者のマレーシア関係の後輩は,選挙直後,マレーシアに飛び,クアラルンプールで各人種のマレーシア人に話を聞き,「自分たちの一票が政治を変えることができたのだ」という喜びの感想を伝えてくれた。マハティールは抽象論ではなく,人生の大決断の下,国民に国を変えようという心震えるような信念と熱意で訴えかけ,国民もあきらめないで,これに応えた意味は大きい。
その後,マハティールは8月20日に習近平国家主席,李克強首相と相次いで会談した。今回の訪中で,中国がマレーシアで進める大型インフラ事業の見直しを伝え,マハティールは両首脳の了承を得た。中国が国際社会への影響力を強めるための「一帯一路」構想にとって,要となるマレーシアでの巨大プロジェクトが事実上の中断に追い込まれたことは中国にとって大きな打撃といってよい。
「マレーシアが抱える巨大債務削減を優先するため」として中国の面子を保ちながら,大型プロジェクトの中断に持ち込んだことは多くの実績を持つ93歳の老練な外交手腕が大国中国を相手に一歩も引かず,中国との将来の関係も保持した事例として記憶に留めるべきだろう。
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