世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
インドにおけるGST導入のインパクト
(拓殖大学 名誉教授)
2018.05.28
昨年7月1日,インドで財サービス税(Goods and Services Tax:GST)が導入された。GSTは中央と州の複雑な間接税を一本化させ,さらには二重課税の回避を目指したもので,国内共通市場の実現に向けての大きな前進といえる。インドの既存の税構造は州ごとに国内市場を細分化させ,インドをバラバラにさせてきた。例えば,商品をデリーからムンバイに輸送する際には,州境において中央売上税,入境税などを支払い,さらにムンバイに入る際にはオクトロイ(入市税)を支払う必要がある。こうした既存の税構造は商品のサプライチェーンの効率化が妨げ,生産の地理的細分化をもたらす結果となった。
こうしたロジスティック面での劣悪な事情こそ,内外企業による投資の促進やインド製造業の国際競争力を大きく損ねてきたという経緯がある。モディ政権の経済政策の目玉にもなっている “Make in India”イニシアティブを成功させるためにも,ロジスティック・コストの削減が期待されるGSTの導入は不可欠といえる。
GSTに相当する付加価値税(VAT)は世界のおよそ160か国で採用されている。VATは中央政府で徴収され,管理される中央集権型,さらには州によって税基盤と税率が異なる独立型の二つに分類できるが,インドのGSTは協同的連邦主義に基づいた二重構造型のものである。中央集権型,独立型のVATの欠陥を最小限にすべく,共通の税基盤,類似した税率に基づいて税行政とコンプライアンスを円滑化させ,州間取引をも容易にすることを目指している。
GST導入に向けての構想は,早くも2006年度予算において当時のチダムバラム財務大臣によって提示され,当初2010年4月からの導入が予定されていた。しかしながらGST導入は憲法改定の手続きを必要とするため,その実現への道のりは険しいものがあった。憲法改正案成立のためには,上下両院で3分の2以上の賛成で可決され,さらには半数以上の州議会での批准が必要とされる。現在,与党のBJP(インド人民党)は上院では議席の過半数に達しないという「ねじれ国会」になっており,与野党間の審議は難航したが,最終的にはモディ政権側の粘り強い説得が功を奏し,一昨年8月に憲法改正案が成立し,GST導入への道を開くことになった。
GSTの導入によって,中央税,州税の17本の間接税が一括して束ねられ,複雑な租税構造が大きく簡素化されることになった。同一商品については全国一律の税率が適用されるが,GSTの税率は5%,12%,18%,それに28%の4段階に設定された。ちなみに食料品の多くは税率0%が適用されるとともに,奢侈品や一部有害商品に対しては,28%を超えた税率が適用されている。
インド政府は高額紙幣廃止措置の導入に示されるように,ブラックマネーの封じ込めに取り組んでいるが,GSTにおいてもブラックマネーを封じ込むインセンティブが組み込まれている。GSTでは二重課税を防止すべく,購入した仕入れ品の税還付を申請できる仕組みになっている。年売上高が200万以ルピー以上の企業は,付加価値連鎖の後方に位置する業者からのインボイスをオンラインでGSTネットワーク(GSTN)に提出することになっており,3種類の月間申告書と年間申告書の提出が求められている。ただし年間売上高が1500万ルピー以下の企業の場合には,税還付の恩典は受けられないものの,4半期ごとの申告書の提出,売上高の一定割合(税率は1〜5%)の納付という選択肢も認められている。
一昨年11月に導入された高額紙幣廃止措置は,16年度の所得税の新規納税申告者数が前年度に比べて30%増加するという結果につながっている。GSTの場合についても,昨年7月に導入後,年末までのわずか半年間で,間接税支払いの企業数が50%以上も増加し,全体として920万社に達しており,GST導入がインド経済のフォーマル化に大きく貢献していることは明らかである。経済成長に及ぼす影響という点でも,インドの代表的なシンクタンクであるインド応用経済協議会(NCAER)は,GSTはインドのGDP成長率を0.9〜1.7%引き上げると予測している。
GSTは租税改革として前例のない壮大な構想に基づいた野心的な取り組みではあるが,インド社会の多様かつ複雑な状況を反映してか,準備万端,事前に用意周到な手はずを整えて実施に移されたとは言い難いものがある。そのため(イ)納税者に面倒な手続きを強いている,(ロ)それぞれの品目ごとの税率の見直しが迫られている,(ハ)GSTNが大量なデータ処理を捌く上での技術的問題を抱えている,など運用面でクリアすべき多くの課題を抱えている。GSTの管理が不適切であった場合には,マイナス効果がプラス効果を上回る事態になるとも限らず,万全な対応が求められる。今後,いずれにせよ,インド経済が高レベルでの持続的成長を確保するためにもGSTの成功は不可欠であり,運用面での今後の成否が注目されるところである。
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