世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
括目すべきデジタル化への提言:OECDの診断書と処方箋
(経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部 参事官/外務省)
2018.04.09
4月12日から2日間,アンヘル・グリア経済協力開発機構(OECD)事務総長が訪日する。メキシコ財務相や外相を歴任した67歳。反グローバリズムや反知性主義の潮流が世界各国に渦巻き,足元では,トランプ政権に誘発される形で貿易制限措置の撃ち合いの様相すら漂う中,OECDをはじめとする国際機関は,多国間協調と対話を通じた問題解決のために一役買おうと,それぞれの有用性や影響力を互いに競い合っている。事実,グリア氏は,年間100日近くを海外出張に費やし,世界各国へのOECDの業績の普及に懸命だ。
OECDと言えば,日本国内ではランキングばかりが注目されるが,公共政策の幅広い領域における最先端の知見を総動員して行う日本経済の定点観測と国際比較に基づく診断書と処方箋を,われわれの行政や企業経営,そして生活全般の見直しにもっと活かすべきだ。
OECDは2年に一度,加盟35ヶ国と中国など新興国を対象に,各国の経済社会情勢についての政策提言を「経済審査報告書」にまとめている。OECDはその作成に当たり,自身が擁するエコノミストと加盟国側の専門家,対象国の政府実務者との三つ巴で丁々発止の政策議論を戦わせる。2年に一度だから,対日報告書は昨年に公表されたものが最新版で,今年は「裏作」の年に当たる。それでもタイムリーな各種の政策提言が小粒の冊子になった。
ところで,レコード業界では,永遠の名曲が実は最初はB面デビューだった,なんて逸話も多い。同じくB面の一昨年,安倍総理から国際金融経済分析会合に招かれたグリア氏は,思いは叶わなかったものの,予定通り翌年4月に消費税率を10%に引き上げるべしと力説した。今年は,財政健全化や社会保障改革,柔軟な雇用形態の拡充といったお馴染みのテーマに加え,ラグビーW杯と東京五輪を包摂的社会や環境目標の実現にいかに活用するかというテーマや,デジタル化経済を巡る提言が目新しい。
特に,デジタル化については,技術革新に伴う新たな利得行為やビジネス・モデルは,まるで雨後の筍のように現行の制度の床下を破って伸張している。OECDは,人工知能(AI)や金融技術の福音を現場の生産性向上に活かすと同時に,デジタル弱者への技能教育や雇用,再分配などの各国の先行事例を検証し,他国にも応用可能な政策や経営論に一般化しようと必死だ。また,サイバー安全や脱税,違法取引など金融犯罪などの負の影響を克服する国際ルール作りを始めている。各国とも,デジタル化という,目に見えない複雑な現象の功罪を分析する「世界最大のシンクタンク」の先駆的取組の吸収と応用に極めて意欲的だ。
冊子は,現状分析として,日本の「デジタル化度」について,例えば,移動式ブロードバンドの普及率でOECDトップだが,その反面,公共機関とネットでやりとりする市民の割合は5.4%とOECD平均の1割に止まり,また,社内でコンピュータ技能を高めるための研修を受講する就業者数の全体に占める割合は,米国7割,ドイツや英国の6割に比べ,日本は5割に過ぎない,などと等身大の姿を映し出す。その上で,日本は,本来の優れた教育や産業技術に裏打ちされた潜在力を開花させるために,大企業と中小企業との間,男女世代間の格差を解消するための技能訓練などの施策や,行政手続の電子化などを通じて生産性と効率性を高めるべし,と提言する。
グリア事務総長は,この政策提言集をはじめとしてOECDの刊行物を鞄に詰め,息つく暇もなく,安倍総理を筆頭に政財労界の指導者を訪れ,目下の様々な課題を直言する予定だ。なお,自身が率いる組織がデジタル化を分析する先駆者を標榜する一方で,人間関係に篤いグリア氏の「対面販売」は,微笑ましいほどにアナログ方式である。
OECDの主張には,分かっちゃいるけど出来ないのだ,という点も多いが,それを日本の固有事情や政治的現実を見ない教科書談義だ,と言ってはおしまいだ。老練なグリア氏が毎年春を選んで訪日するのは,なにも桜の美観ゆえばかりではない。誰もが心機一転,野心的な目標を掲げる新年度。海を越えて来る改革の声に,常に敏感な日本人の気質をも熟知するからだろう。
桜花とともに定期的に届けられる日本への提言は,そのまま適用できるかどうかは検討の余地があるにせよ,実に有益な示唆に富む。日本への政策提言集を含む最近のOECDの業績は,OECD東京センターのホームページで閲覧出来る。難解なことを平易に説明することも知性主義復権の第一歩だと,最近は文書の要約版や和訳も意欲的に作り,広く供覧に付している。広く「生き方改革」を実現するために役立てたい。
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