世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1045
世界経済評論IMPACT No.1045

 東京マラソンにみる大規模スポーツイベントの経済効果とその要因

松村敦子

(東京国際大学 教授)

2018.04.02

 一般財団法人東京マラソン財団が主催する東京マラソンは,ボストン,ニューヨークシティ,シカゴ,ベルリン,ロンドンと並んで,6大メジャーマラソンのひとつに数えられる。東京マラソンは2007年初開催と,6大メジャーの中では飛び抜けて若い大会であるが,マラソンだけで35,500人,10キロレース等を含めると36,000人程度が参加している。大都市東京の中心部の幹線道路が長時間にわたって車両通行止めとなり,ランナーに解放される点から考えても,影響力の大きい特別な大会であると言える。

 東京マラソンの制限時間は7時間と長いため完走率は約96%(2018年)と高く,これが東京マラソンの人気を高める一因である。一般枠の抽選倍率は2013年以降10倍を超え,さらにゴール地点が東京駅前に変更された2017年からは12倍超となっている。筆者は2018年2月25日開催の東京マラソンに一般枠抽選で当選しランナーとして参加したため,この体験をもとに,こうした大規模スポーツ大会による経済活性化について考えてみたい。

 東京マラソン財団ホームページには,みずほ総合研究所による2017年東京マラソンの経済波及効果に関する試算結果が公表されている。経済効果を生み出す人々の数については,出走者35,824人に加えて約101.5万人の沿道観戦者,3日間の東京ビッグサイトでのマラソン受付会場のイベント等の観衆等を合わせ,延べ約151.2万人と推定されている。こうしたマラソン参加者と観客の移動,宿泊,飲食,買い物等の消費支出は約89.6億円に上り,これに東京マラソン財団の大会運営経費,関連企業の独自支出,寄付先へのチャリティ募金を合計した新規需要額は133.5億円,国内で調達できない額を除外した最終需要額は約125.4億円と試算される。その結果,日本全体での経済波及効果は約284.2億円,付加価値産出額は146.2億円,雇用者所得創出は71.6億円と推計されている。また,東京都のみでの経済波及効果は日本全体の58.4%とされる。

 こうした試算は,多くの人々を集める大規模マラソン大会が,開催都市を中心に日本全体で大きな経済活性化をもたらすことを示しており,地方都市でもマラソン大会実施に熱心に取り組むケースが増えてきている。しかし地方大会は都市大会のように集客が楽ではなく,日本のランニング人口が2012年をピークに頭打ちとなっていることもあり,近年ではかげりも出ている。実際,筆者が参加した地方のマラソン大会では集客に必死であり,大会運営の方々が「来年もよろしく」と真剣に呼びかけていたのが印象的であった。

 観光庁は,こうした動きを受けてマラソン・ツーリズム支援に乗り出し,「テーマ別観光による地方誘客事業」の一環として2017年に「全国ご当地マラソン」を選定した。全国各地のマラソン大会で構成されるネットワークを活用し,マラソン・ツーリズムをテーマに各大会の情報発信の共同サイト構築やセミナー開催を支援し,全国各地の市民マラソン大会を盛り上げることによって地域観光推進に寄与している。こうした政府の取組みにより,地方のマラソン大会への参加者増加と大会活性化が期待される。

 一方,東京マラソンが地方のマラソンと異なる点は外国人ランナーの多さであり,これが東京マラソンの経済効果拡大に繋がっている。2018年東京マラソンのエントリー人数上位15か国をみると,日本人29,525人,台湾人986人,中国人895人,米国人726人,香港人627人,イギリス人353人,タイ人212人,オーストラリア人161人,韓国人160人,ドイツ人159人,インドネシア人157人,スペイン人137人,メキシコ人135人,イタリア人130人,カナダ人126人となっている(東京マラソン・エントリーセンター発表による)。2018年東京マラソンのオフィシャル・プログラム掲載の参加者名簿によると,外国籍ランナー比率は一般参加者で22%程度であり,10万円以上の寄付をして参加するチャリティ・ランナーを含めるとこの比率はさらに高まる。

 多くの外国人ランナーが本国から家族を連れてきており,東京マラソン当選を日本への家族旅行に繋げるケースが多く,先述の東京マラソンの経済効果において外国人消費の恩恵は大きいと考えられる。東京マラソン財団は観光庁の後援を得て,外国人ランナーに対するおもてなしとして,マラソン前日に,日本の伝統文化観賞と日本人ランナーやボランティアとのふれあいを目的とした湾岸エリアのランニング・イベント「東京マラソンフレンドシップラン2018」を開催した。外国人参加者に対するこうした心遣いも功を奏しているとみられる。

 さて,東京マラソンを支える質の高いボランティアの存在はよく知られているところであり,その総数はランナー数の三分の一程度に上る。東京マラソンのボランティア組織は,メンバー約11,000人,リーダー約600人,リーダーサポート約70人から構成されており,マラソン当日に加え,ランナー受付やフレンドシップランなどすべてのイベントで活躍し,さらに外国人ランナーを支える「多言語対応メンバー」も重要な役割を果たしている。

 マラソン当日のボランティアの役割は,走者を完走に導き,走者が最高の記録,思い出を残すためにサポートすることである。マラソンコース全体に配置された9つのブロックそれぞれで平均754人程度のボランティアがランナーを支援する。さらにフィニッシュ地点には1,959人ものボランティアが配置され,フィニッシュ地点からランナーの荷物受取地点である日比谷(または大手町)までの間で,水を配り,フィニッシャータオルを背中にかけ,完走メダルを首にかけ,風よけシートをまとわせ,スポーツドリンクとパンを配る。完走後のこの移動が少しでも楽になるように,完走者を讃えながら手際よく事を進めていくボランティアの行動に感動した。

 以上のように東京マラソンでは有能なボランティア人材が集結して運営に協力し,大組織の中で連携をとりながらそれぞれが重要な役割を果たし,細やかで温かな国内外参加者のサポートによるスポーツ・ボランティア文化を見事に開花させている。「自分たちも楽しみながら,参加者と関連の観光客を楽しませる」という精神に基づくボランティア活動が大きな経済効果の重要な要因となっている東京マラソンは,2020年東京オリンピックをはじめとする大規模国際スポーツイベント開催に向けて大いに参考にすべき大会であると考える。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1045.html)

関連記事

松村敦子

最新のコラム