世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
第2次トランプ政権下の関税政策がもたらす諸問題
(東京国際大学経済学部 教授)
2024.12.02
11月5日に実施された米国大統領選挙で勝利したトランプ氏は,自身の政策を支持する人物を次々と主要ポストに指名し,これまでに打ち出してきた減税や高関税政策等を推進する体制を整えている。本稿では,第2次トランプ政権下で実施されるとみられる関税政策に焦点を当てて,主として日本経済新聞の記事をもとにして事実を辿り,それがもたらす諸問題について考えてみたい。
第2次トランプ政権における人事については,11月19日に商務長官として,高関税による保護主義論を展開するハワード・ラトニック氏が,11月22日には財務長官として,関税引き上げに注意深く対応するスコット・ベッセント氏が指名された。11月26日には,米通商代表部(USTR)代表に,第1次トランプ政権で中国や日本との貿易交渉を行ったジェミソン・グリア氏が指名された。
まず,第2次トランプ政権下で実施されるとみられる関税政策についてみてみたい。トランプ氏は11月25日,中国からのほぼすべての輸入品に10%,メキシコとカナダからのほぼすべての輸入品に25%の追加関税をかけると表明した。具体的な対象品目については明らかにされず「多くの輸入製品」とされるが,第1次トランプ政権下の2018年7月以降,中国原産品に段階的に追加関税が賦課され,その対象品目は非常に幅広く,2024年6月時点で,(HTSコード8桁分類で)1万以上の品目に対して7.5~25%の追加関税が賦課されている(ジェトロ地域・分析レポートによる)。したがって,次期政権下の関税も広範な品目が対象となる可能性がある。
次に,第2次トランプ政権下で追加関税政策を採用する理由について,トランプ氏は「中国による合成麻薬のメキシコ経由での迂回輸出への対抗措置」としているが,グリア氏は日本経済新聞とのインタビューで「トランプ氏が貿易赤字削減に強い願望がある」と発言し,次期政権下での追加関税については国際収支問題を扱う1974年通商法122条(貿易収支の巨額赤字発生時に関税引き上げを大統領権限で発動できる仕組み)を法的根拠として実施するとしていることから,追加関税の重要な目的の一つは貿易赤字削減であるとみられる。
2023年の米国の相手国別輸入額をみると,中国が4,279億ドル,メキシコが4,848億ドル,カナダが4,298億ドルと,増加を続ける対メキシコ輸入額が僅かながらも対中国輸入額を上回った。こうしたことから,メキシコとカナダを追加関税対象国としたとみられるが,USMCA協定相手国である両国からの輸入に追加関税が課されることになれば,自由貿易協定のWTO整合性に関するGATT第24条のルールを無視したものとなる。
ところで,2023年の米国の相手国別貿易収支赤字では,対中国で最も多い2,791億ドル,対メキシコで1,612億ドルであり,対日貿易赤字は3年連続の赤字額増加で715億ドルとなった。日本との貿易に関連してグリア氏は,日本の農業分野での貿易障壁を問題視しており,対日農産物輸出拡大を狙う米国の要求が出れば日本は農産物輸入自由化での対応を迫られるかもしれない。一方,日本の自動車輸出で米国は中国に次ぐ主要輸出先であり,もし対日追加関税が課されれば日本の自動車メーカーは大きな痛手を受ける。すでに表明されている対メキシコ追加関税により,メキシコ経由で対米自動車輸出を行う日本企業への打撃も大きい。
ここで,米国による貿易赤字削減や自国産業保護を目的とした高関税政策が,米国内でもたらす問題点について考えてみたい。まず,米国の消費者は輸入品の国内価格上昇による不利益を被ることとなる。そのため,全米小売業協会は,追加関税賦課により米国でいくつかの日用品の販売価格が大きく上昇すると試算する。米小売り大手ウオールマートは,玩具や家具を中心に中国からの輸入品を販売しており,関税が賦課されれば調達先の多様化に加え「値上げを余儀なくされるケースもある」としている。次に,広範な品目に関税が賦課されると米国の消費者だけでなく,関税が賦課された輸入原材料や部品を投入して生産する米国の産業にとって痛手となる。特に最終製品の関税率よりも中間投入財の関税率の方が高くなる産業では,単位付加価値減少で負の保護を受けることとなり,価格上昇につながる。
追加関税政策は世界の様々な製造業企業にとってリスク要因となるため,第2次トランプ政権下での関税引き上げ前に駆け込み輸出による在庫積み増しを計画している企業が多い。また,中国企業ではベトナムに生産拠点を移す動きもみられる。日本でもリスク対応に動く企業もあり,リコーは米国向け事務機の生産拠点を現在の中国からタイに移す計画を発表した。こうした措置は企業の費用負担を増加させ,世界経済の不透明感が高まり,企業の設備投資意欲の低下につながる可能性もあり,世界経済全体への悪影響が懸念される。
さらに,追加関税政策の対象となる国々が報復関税発動に動くことになれば,世界各国での高関税政策に歯止めがかからなくなる可能性もある。11月19日に閉幕したG20サミット首脳宣言で,昨年は盛り込まれていた「保護主義の阻止」という記載がなくなり,トランプ氏の関税政策のような,経済安全保障上の課題に対処するための国内法上の措置が多用されることが懸念される。ベッセント氏は,関税を諸外国との交渉の武器に使うことで公正な貿易実現を目指し,「グローバルな経済秩序の再構築」を標ぼうしているとされるが,こうした手法による経済秩序形成が可能かどうか注視したい。日本としては米国の脅しに屈せずに自由貿易を望む国々とともに国際貿易ルールを尊重し,WTOの機能回復に向けて努力を続けることが重要である。
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