世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1044

米国国防条項の発動の疑問と問題点

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2018.04.02

 トランプ大統領にとって2018年は,大統領就任1年目に実行できなかった選挙公約を実行し,米国の保護貿易政策を本格化させる年である。「米国第一主義」を掲げるトランプ大統領の貿易政策は,対米輸出国から報復の連鎖を生み,1960年代以降連綿と続いた日米間の「貿易摩擦」あるいは「貿易紛争」の次元を越え,米国が仕掛ける「貿易戦争」に発展する様相を呈しつつある。しかも,米国の保護主義は結局のところ米国製造業の再生には貢献せず,米国は世界貿易から孤立し,最悪の場合には世界貿易体制の崩壊に繋がりかねない懸念をもはらんでいる。

 トランプ政権の貿易政策の最重点は,米国の通商法制の厳格な運用にある。この方針は程度の差こそあれ,オバマ政権でも,ブッシュ政権でも,古くはレーガン政権でも採用された政策である。しかし,鉄鋼とアルミ輸入に対する国防条項の発動,および中国の米知財権侵害に対する制裁措置の発動は,類例の少ない通商法の運用である。3月22日に発表された中国に対する301条発動についてはまだ詳細が不明な点もあるので,まずは1974年通商法201条(グローバル・セーフガード)と1962年通商拡大法232条(国防条項)に絞って,発動の問題点を検討してみよう。

 今回の大きな特徴のひとつは201条提訴が2001年以来16年ぶりに行われ,15年ぶりに救済措置が発動されたことである。2001年の場合は,ブッシュ大統領が鉄鋼製品14品目に救済措置を発動したが,日本などからのWTO提訴に敗れ,2003年に救済措置は取り下げられた。今回の太陽光パネルと家庭用大型洗濯機に対するトランプ大統領の4年間ないし3年間の救済措置はそのまま継続できるであろうか。また,2003年以降,201条提訴はほぼ絶滅してしまったが,トランプ大統領の保護的な救済措置によって,201条提訴は息を吹き返すことになるであろうか。当面の焦点はこの2点である。

 鉄鋼とアルミの輸入に対する国防条項の発動は201条提訴以上に大きな問題をはらんでいる。国防条項の発動は,1986年の工作機械,1988年の精密ベアリング,1992年の集積回路といった事例があるが,国防条項そのものが発動されて輸入禁止となったのは,1982年のリビアからの原油輸入だけである。今回の国防条項の発動で明らかになった点および疑問点は次のとおりである。

 第1は,トランプ政権の貿易政策は政権内の合意形成の結果ではなく,大統領自身の志向で動いているということである。トランプ大統領の方針を具体化し,戦略的に組み立てているのが,ウィルバー・ロス商務長官,ロバート・ライトハイザー通商代表およびスティーブン・ムニューシン財務長官,それに復活したピーター・ナバロ貿易製造業政策局長(国家貿易会議議長)という4人の親トランプ派であろう。大統領の方針に反対するグローバリストのゲーリー・コーン国家経済会議議長,レックス・ティラーソン国務長官,さらにハバート・マクマスター国家安全保障担当大統領補佐官は政権を去り,後任はトランプのイエスマンに替えられた。これで,トランプ大統領に異を唱える抵抗勢力は一掃された。

 第2に,今年11月6日の中間選挙が迫るなかで,2016年の選挙公約を少しでも早く実行し,劣勢を挽回しようというトランプ大統領の焦りがあらわになってきた。以下にみるように,根拠法が規定した日程を大幅に前倒して政策決定を急いでいるのは,そのためと思われる。

 国防条項を発動する場合,まずその前提として,大統領は商務長官の国防条項調査報告書に同意するか否かを決める。その期限は,大統領が商務長官から報告書を受理した日から90日以内である。大統領が鉄鋼の報告書を受け取ったのは今年1月11日,アルミの報告書を受理したのは1月19日であったから,大統領が報告書に同意するか否かを決める期限は,鉄鋼が4月11日以前,アルミは4月19日以前となる。次に,大統領が報告書に同意した場合,採るべき措置を決定するのは,報告書に同意した日から15日以内と規定されているため,その日は鉄鋼が4月26日以前,アルミが5月4日以前ということになる。今回,トランプ大統領が鉄鋼に25%,アルミに10%の追加関税の賦課を決定したのは,ともに3月8日であった。3月8日は,4月26日(鉄鋼)および5月4日(アルミ)から2ヵ月も前である。

 商務長官の報告書に対する同意と採るべき措置の決定との間に設けられた「15日以内」という間隔を置かず,トランプ大統領は2ヵ月も早く輸入制限措置を決定したのである。「何日以内」と規定されているからといって,2ヵ月も早いというのは異常である。国防条項に基づく措置は,当該品目の輸入によって国内産業に損害が発生していることを証明する必要はなく,輸入によって国家の安全が脅威にさらされている,あるいはそのおそれがあることのみで,発動できる。そのために,1962年通商拡大法は国防条項の発動プロセスを明確に規定し,十分な期間を設けて,慎重な運用を求めている。トランプ大統領にはそうした慎重さと熟慮が欠けている。

 第3に,国防条項発動の趣旨もはっきりしない。3月8日付でホワイトハウスが発表した2件のFact Sheets の表題は「トランプ大統領は不公正貿易から米国の国家安全保障を守る」,「トランプ大統領は米国の国家安全保障を脅かす不公正貿易慣行に対処しつつある」となっている。表題のとおり不公正貿易慣行に対抗するのが本来の目的であれば,アンチダンピング法,相殺関税法,1974年通商法301条など不公正貿易を正す手段を使うべきで,国防条項を使う必要はない。

 第4に,国防条項の発動は鉄鋼とアルミの設備稼働率を約80%に引き上げることにあるとロス商務長官は主張しているが(2017年の鉄鋼の設備稼働率は72.3%),3月23日から開始された追加関税の賦課からカナダ,メキシコ,オーストラリア,アルゼンチン,韓国,ブラジル,EU加盟国は除外された。鉄鋼輸入の約6割(2017年)を占めるこれら6ヵ国,1地域を除外して,設備稼働率を10%ポイントも引き上げるには,輸入数量の抑制に訴えるしかない。レーガン政権下で輸出自主規制(VER)交渉に従事したライトハイザー通商代表は,VER交渉に意欲を見せているようだが,VERはウルグアイ・ラウンドで禁止となった。米国がVER交渉やWTO違反の数量規制に拘れば,米国と対米輸出国との対立は決定的なものになろう。

 第5に,国防条項を発動したのは,米国の国家安全保障の確保という高度の政治的な影響力に訴えて輸入規制を実施することにあると思われるが,その影響力を他の目的のために行使するトランプ政権の意図は姑息である。カナダとメキシコ,さらに韓国を高関税賦課から除外したのは,NAFTAおよび米韓FTA交渉を有利に進めることにあるのは明白である。3月8日の追加関税賦課の決定から23日の課税開始までに2週間の猶予を置いて,対象国からの除外交渉に専念したのも露骨なディールであった。

 いずれにしても,国防条項の発動に守られて,米鉄鋼,アルミ業界が高品質で価格競争力のある製品を供給できるようになるとトランプ大統領が考えているとしたら,余りに楽観的にすぎよう。

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