世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.974
世界経済評論IMPACT No.974

「複雑さ」をめぐって

大東和武司

(関東学院大学経営学部 教授)

2017.12.25

 この秋にふたつの学会の全国大会に参加した。統一論題はいずれも時流をとらえただけでなく,研究上においても中身の濃いものだった。国際ビジネス研究学会(主催校:明治大学,2017年10月28日・29日)は「第四次産業革命と国際ビジネス」,パーソナルファイナンス学会(主催校:富山大学,2017年11月11日・12日)は「フィンテック革命がパーソナルファイナンスを変えるか」であった。

 第四次産業革命は,いうまでもないが,18世紀末以降の水力・蒸気機関による機械化,工業化の第一次,20世紀初め以降の分業と電力を活用し大量生産化した第二次,1970年代初め以降のコンピュータを活用した自動化の第三次,それに続くものとしての第四次である。IoT,ビックデータ,AIなどの用語と連動し,新しい付加価値を生み出し,コンピュータの自律化につながる時代などと言われている。フィンテック革命や自動運転などは,具体的な取り組み事例のひとつである。

 表題に「複雑さ」を掲げたが,実際,第四次産業革命やフィンテック革命をめぐって,個人的には充分な理解を得ていないなかで,さまざまな言葉が行き交っている。おおまかには多方面への波及は大きなものであろうと予想される。それらは,産業,経済の側面からみた歴史の流れのひとこまであるが,われわれの生活,働き方,また価値観などに影響を与えるだろう。それをどう捉え,その作用をどのように理解しておこうかと思っている。現時点においてプラスと思われる点だけでなく,個人,社会等々にマイナスをもたらす内蔵リスク,それも排除できないシステマティク・リスクがあろうことも頭に置いておくことは必要だろう。これは,先のコラムで取り上げた,三浦梅園の分析的だけでなく綜合的に,「筈」的でなく反芻的に,自然,他者,自己を時間軸と空間軸のなかで混成・結合させるべく思索を紡いでいくという精神と姿勢とも連なる。

 ところで,松岡正剛(2017)は,三浦梅園をハイパーセオリーの提案者のひとりに取り上げている。そして,ハイパーセオリー提案者の多くは,「内部的な気持ち悪さの解消をおおむね最深部の本質的動向のわかりにくさと外部との作用関係に求めていて,内と外とをちぐはぐなまま統合しようとはしていないということ,また,内部の気持ち悪さが変じて新たなものになっていくという見方を,ほとんどしてこなかった」と見ている。そして,他方で松岡は,自然システムと社会システムをまたぐ見方,「複雑さ」がかかわっている「複雑系」は,「システムの内部にも外部多様性を認め」,「システム内外の近傍に系を変じる現象がひそむはずだという考え方を採りえていた」と指摘し,過去のハイパーセオリーに「あるようで,なかった見方」であると述べている(注1)。

 複雑系では,起きることが局所的な相互作用によって自律的に変わっていく。つまり,創発(Emergence)が生じる。しかし,表に出ること(発現:revelation)は,なかったものが現れるのではなく,「隠れていたものがあらわれる」ことであり,松岡は,創発には「偶有性」が潜んでいるといい,「コンティンジェンシー:contingency」(お互いに接しあっているところ,相互に共接しあっているもの)として理解してきたという(注2)。

 「第四次産業革命と国際ビジネス」の関係を,立本博文(筑波大学)は,エコシステムをキーワードとして捉え,自然,例えば生物種の共生関係を援用し,さまざまな役割をもつ企業・産業のネットワーク効果,相互越境効果によって,IOTエコシステム,Industrie 4.0,Society 5.0などと呼ばれている新しいフロンティアの形成につながっているという。ただ,これから何が起こるかは,まったく予断を許さない,とも補足する(注3)。また,「フィンテック革命」にかかわり,桜井駿(NTTデータ経営研究所)は,フィンテックと将来の金融サービスにおける,顧客起点のデザイン思考と顧客保護のためのエコシステム構築(行政・アカデミック・新規参入業者の共同研究・連携)の重要性を指摘している(注4)。中川郁夫(インテック)は,人徳品格といった個人の「信用」と金銭的な「信用」が連動する顕名経済への途を指摘した(注5)。三氏ともに,産業の,組織の境,「際」(注6)を越え,まじりあい,接触によって起きている一端を示し,また懸念,留意点にもふれている。

 今日,世界はまさに世界に拡がった。科学では普遍性を求め,それが産業,経済を通じて標準として広まってきたところがある。普遍性は,首尾一貫的であり,単一性,画一性となり,その過程では不満,妬み,恨み,怨念,ひいてはマグマともなることもある。表面的には「隠れたもの」となっていても,である。格差,排除などにつながれば,お互いの理解や共感も進まず,内向きになり,ひいては外向きに爆発し,紛争にまで至るかもしれない。

 となれば,懸念を和らげ,できればなくすことが求められる。それは「複雑さ」にかかわることでもある。「内部の外部多様性を認める」ためには,分野,ジャンルを超え,さまざまな「際」を行ったり来たり,混交させる柔軟性を持つことが必要だろう。そして,「際」の内外の近傍に変化をもたらす現象がひそんでいるかもしれない。それは,一方でどこか「に」表れていることから種々の原因・経緯・結果を探りつつ,もう一方で,飛行中のエアポケットの前にかすかに上昇する気配を感じることなど,どこか「で」気づく些細とも思われることにも目配り,気配りしながら,それぞれの場で仕事を行うことでもあろう。

 これは,さまざまな製造現場,創作現場の一人ひとりがそれぞれ極めへの探究をしつつ,つまり科学的にも普遍性を追求しながら,他の「何か」にも想いをよせることでもある。例えば,ウィスキーのベテラン・ブレンダ―が,そのできばえを自らの探究の結果としてのみでなく,その製造にたずさわったすべての人びと,また樽などをはじめとした自然の反映の結果であるとする境地に行きつくことであるのかもしれない。それぞれの場は,いわば地域だったり,コミュニティーであったりであり,単なるグローバルな世界ではない。自在な越境,越「際」をできるようになることが今日ますます求められているように思われる。こうした心境,行動がさまざまな場で連なれば,三浦梅園の「うたがひあやしむべきは,變(へん)にあらずして常の事也」が腑に落していくのかもしれない。また,世のなかに多様性,そして「複雑さ」への理解とその緩和が少しでも進むように思われる。

[注]
  • (1)松岡正剛[2017]『擬MODOKI「世」あるいは別様の可能性』春秋社,pp.253-256.
  • (2)同上書,pp.256-268.
  • (3)立本博文[2017]「エコシステム型産業の進化と世界経済への影響:IoT/ビックデータ/AIを中心に」国際ビジネス研究学会第24回全国大会(明治大学)統一論題報告(2017年10月28日)参照。
  • (4)桜井駿[2017]「次世代利用者から見るFin Techと将来の金融サービス」パーソナルファイナンス学会第18回全国大会統一論題報告(2017年11月11日)参照。
  • (5)中川郁夫[2017]「貨幣経済の将来に関する考察」パーソナルファイナンス学会第18回全国大会統一論題報告(2017年11月11日)参照。
  • (6)広島市立大学国際学部〈際〉研究フォーラム(編)[2017]『〈際〉からの探究:つながりへの途』文眞堂参照。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article974.html)

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