世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.971
世界経済評論IMPACT No.971

安全保障貿易管理のもとでの自由貿易

柴山千里

(小樽商科大学 教授)

2017.12.18

 今年に入り,安全保障貿易管理の規制範囲と罰則規定が強化された。この制度は,先進国の優れた技術やそれを用いた製品が海外の大量破壊兵器を開発している国やテロリストの手に渡ることを未然に防ぐことを目的に,軍事転用の恐れがないかどうか輸出貨物と輸入先をチェックするために,設けられているものである。これに関わる国際条約は,核兵器不拡散条約(Nuclear Non-proliferation Treaty: NPT),生物兵器禁止条約(Biological Weapons Convention: BWC),化学兵器禁止条約(Chemical Weapons Convention: CWC)があり,それぞれに国際輸出管理レジームが存在している。加えて,ミサイル技術管理レジームMTCR(Missile Technology Control Regime)と通常兵器管理のワッセナー・アレンジメント(The Wassenaar Arrangement: WA)もある。ほとんどの国が条約を締結しており,管理システムにはそれぞれに35〜48カ国が参加し,全てのレジームに参加している国は日米,EU諸国,韓国など27カ国あり,ホワイト国と呼ばれる。

 この国際輸出管理レジームに従い,日本では,政省令で武器や軍事転用される恐れのある汎用品の規制対象品目をリストアップしており,それらの製品の輸出には政府の許可を得なければならない。また,ホワイト国以外に輸出する場合には,食品や木材等を除く全ての品目が輸出許可の対象となる可能性がある。経済産業大臣より輸出許可申請をするように通知を受けた場合,輸出者は輸入先の使用目的が軍事開発に使われるか否か,輸入者が過去に軍事開発をしていたかを輸出者自らで判断し,許可申請を出し,許可された後に輸出が可能になる。技術取引や技術支援も規制対象になっている。

 違反行為には罰則があり,懲役や罰金などの刑事罰と3年以内の物の輸出と技術提供の禁止が課せられる。今年の外為法の改正で,罰金の大幅増と行政罰が1年から3年に延長されるとともに,国の安全を損なう恐れのある対内直接投資に対して規制が強化されることになった。規制品の部分品や附属品であっても,サンプルでも,修理のための返送でも,対象とされ,技術取引は外国居住であれば日本人でも対象になるため,輸出者は海外取引に際して細心の注意を払わなければならない。

 食品・木材以外の全ての製品が対象にされるとは,あまにも厳しいと思われるかもしれない。しかし,民生用のつもりで輸出した貨物が兵器作成に使用されることは珍しいことではなく,実際,ISILによって使われていた即席爆弾装置を分析した結果,日本製の電子部品が使われていたことが研究機関Conflict Armament Research(CAR)により明らかにされている。民生用途のつもりで輸出した炭素繊維がミサイルの材料に,遠心分離機が生物兵器の作成に用いられるかも知れないのだ。まして,民生用に使うと言っている輸入業者が常に正直とは限らない。輸出する際には細心の注意が必要なのである。

 しかも,いったん違反してしまうと厳しい罰則と社会的信用を失うリスクがあるため,輸出に際しての法令順守は必須であり,企業の輸出コスト増につながる。法令を学び,チェック・マニュアルを作る等のための社内管理体制の構築といった固定費とともに,個々の輸出取引に関しても詳細な調査とチェックや手続を行うための追加費用がかかる。このため,既に社内体制が整っている大企業であればともかく,これから輸出をしようと考えているような食品・林産品製造業以外の中小企業であれば,輸出に躊躇してしまう恐れも出てくるかも知れない。結果的に,全体として輸出する企業は減り,海外取引に慣れていない企業であればあるほど,輸出への負荷は大きくなるものと考えられる。

 しかし,この国際輸出管理レジームを自由貿易の障壁と考えるべきではないだろう。むしろ,今日のようなテロや戦争のリスクのある不安な世界において自由貿易を保障するためには,必要な費用というべきものなのである。こうした費用負担を前提としながら経済取引が国境を越えて活発に行われるためには,安全保障貿易管理に伴う企業コストを軽減するための解りやすい情報提供やより簡便な手続方法が必要である。それに加えて,さらなる貿易活性化へのてこ入れが重要となってくる。すなわち,関税・非関税障壁の軽減・撤廃や通関手続きの簡素化の徹底,海外展開を希望する中小企業へのきめ細かなコンサルティングなどにより,全体として輸出費用を低減させる政策がよりいっそう求められよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article971.html)

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