世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
英国のフィット&プロパー規制が適用対象拡大へ:Brexitに伴う金融機関の流出を助長する可能性も
(国際金融情報センター ブラッセル事務所 所長)
2017.11.20
世界的金融危機や,ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の不正操作事件等の金融犯罪を背景に,世界の先進国は金融機関のコーポレートガバナンスの強化に取り組んでいる。コーポレートガバナンスの態勢整備について,金融安定理事会(FSB)は,①取締役会の独立性・専門性の確保,②リスクアペタイト・フレームワークの構築,③監査機能の充実,をポイントに挙げている。このうち①にかかる取り組みの一環として,金融機関の役員等の適格性に関する規制の導入が各国で進められている。これは一般に,フィット&プロパー規制と呼ばれ,金融機関が正常に機能する上でリスク要因となる個人が職務に就くことの防止を目的としている。
英国は,SM&CR(Senior Managers and Certification Regime)という国際基準やEUルールよりも厳しい規制を16年3月に導入した。SM&CRは,シニアマネージャー層をはじめとする金融機関の役職員個人の適格性に関する規制であり,フィット&プロパー規制の一類型である。
SM&CRの前身は,00年に施行されたAPR(Approved Persons Regime)という規制である。APRは,シニアマネージャー層のみを適格性評価の対象としていたことから,シニアマネージャーより下位の職員に問題がある事態に対処できなかった。また,APRでは役員個人の責任範囲が不明確であったため,取締役会による集団的意思決定の場合に個人の責任追及が難しかった。こうした状況に鑑み,SM&CRは,適格性評価の対象を役職員全体に拡大するとともに,重要な業務を詳細に分類することで役職員個人の責任範囲を明確化している。
他の主な先進国の類似規制と比較して,SM&CRには2つの特徴がある。
第一に,シニアマネージャーについては,選任の際に適格性に係る当局の事前承認を得る必要があることである。米国や日本では承認自体が原則不要であるほか,ドイツとフランスにおいても事前に当局の承認を得る必要はない。
第二に,シニアマネージャーに限らず,重要な業務(key role)を担当する全役職員について,適格性を評価する必要があることである(認証レジーム)。すなわち,SM&CRでは職位の高低に関わらず,役職員全てを実質的な業務の重要性に基づいて規制対象とするか判断する。一方,米国,ドイツ,フランス及び日本では,職位ベースで規制対象とするか否かを定めている。
現状,SM&CRの規制対象は銀行等預金取扱金融機関であり,保険会社は16年3月に施行されたSIMR(Senior Insurance Managers Regime)というSM&CRによく似た規制の対象になっている。また,資産管理会社,証券会社等のその他の金融機関については,APRが依然適用されている。
英国は,SM&CRの改正並びにSIMR及びAPRの廃止を通じて,銀行等に限らず全ての金融機関を一元的にSM&CRの適用対象とする予定である。これに伴い,在英拠点を有する日系の資産管理会社,証券会社等も新たにSM&CRの適用を受けることになる。この制度変更の背景には,世界的な金融危機の経験等から,シャドーバンクを含むあらゆる業態の金融機関を厳格に監督する必要性が高まっている,との問題意識がある。
英金融行為規制機構(FCA)は,本年7月にSM&CR改正案の市中協議文書を公表した。11月3日までに寄せられた意見を踏まえ,18年中に改正案を施行する方針である(移行期間等の経過措置については現状不明)。
改正が実現すれば,規制対象の広範性という観点でも,SM&CRは最も先進的なフィット&プロパー規制になる。規制対象となる金融機関は現行の900社(銀行等)から60,700社に増加するとされている。この増加分には既にSIMRの適用を受けている保険会社も含まれるものの,保険会社を除いた約59,200社が新たな適用対象となる。また,事前承認が必要となるシニアマネージャーは10,500人から102,800人に,認証レジーム対象者は32,300人から98,300人に,それぞれ増加するとみられている。
SM&CRの改正の影響は,新たに適用対象となる資産管理会社,証券会社等の金融機関において特に大きい。具体的には,役員の若返りを妨げる可能性が指摘されている。一部の金融機関では,シニアマネージャーの派遣に際し,当局の事前承認が下りないことで事業に悪影響が及ぶ自体を避けるべく,実績と経験のある候補を保守的に任命するような行動を取ると考えられる。また,役職員の適格性を評価する制度の整備及び運用にかかるコストが経営を圧迫することも懸念されている。これらの問題は,特に中小規模の資産管理会社,証券会社等において深刻化するおそれがある。
英国に拠点を持つ日本の資産管理会社,証券会社等の金融機関にとっても,SM&CRの改正は重要な意味を持つ。特に,ジョブローテーション制度による人材育成を中心としてきた日系金融機関は,本改正に注意する必要がある。例えば,海外経験を積ませる目的で英国に役職員を派遣することは難しくなるだろう。
現状,ロンドンは国際金融センターとして世界トップクラスの評価を維持している。しかし,英国のEU離脱(Brexit)に伴いロンドンの金融産業が縮小することになれば,金融機関が優秀な人材を英国に派遣しなくなる事態も想起し得る。Brexit決定前から当該制度変更の方針は決まっていたものの,既に多くの金融機関がロンドンからの移転を発表している中,これが金融機関による英国からの流出を助長することになるかもしれない。
加えて,より大きな影響が生じる可能性にも注意が必要である。SM&CRは英国のローカルルールに過ぎないとはいえ,改正SM&CRは世界的にみても進んだものである。仮に今後,これが国際的にベストプラクティスとしてみなされれば,厳格なフィット&プロパー規制の導入が国際的潮流となるような展開も考えられる。
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