世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
イスラーム金融と国際基準:望まれるコンベンショナル金融との連携強化
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2022.01.24
イスラーム金融の存在感が久しぶりに高まっている。この要因の一つとして,原油や天然ガスが約10年振りの高値水準にあることを受け,イスラーム教徒の多い資源輸出国がコロナ禍から経済的に回復しつつある点が挙げられる。もっとも,これにはより構造的な要因も作用していると考えられる。米調査機関のPew Researchは,世界に18億人いるイスラーム教徒の数が,相対的に高い出生率を主因として,2060年までに最大多数のキリスト教徒と匹敵する30億人にまで増加すると予測している。世界各地で少子高齢化が深刻な成長制約となる中,イスラーム金融を選好するムスリム・ムスリマの人口動態が広く意識され始めているのではないだろうか。
改めて言うまでもなく,イスラーム金融は,宗教に則った金融サービス形態である。公平・健全や実業を重視する観点から,利子(リバー),投機(マイシル),不確実性(ガラル)などの要素をシャリーア不適合(ハラーム)と捉える。個別の金融スキームがシャリーアに適合しているか否かは,シャリーア委員会と呼ばれるイスラーム法の専門家(ウラマー)で構成される機関が判断する。シャリーアの解釈には学派等に応じて多様性があり,それぞれの立場が尊重されている。
金融は,財やその他のサービスに比べ,クロスボーダーでの取引に馴染み易い。クロスボーダー取引は,競争を通じて,サービスレベルの向上や価格の低下といった消費者の利益を生む。その一方で,ある法域の金融システムが機能不全に陥った場合,その悪影響を他法域の金融システムに伝播させ易いというリスクも持つ。また,法域毎に規制や監督が区々である場合,クロスボーダーで活動する金融機関にとって法令遵守コストが上昇したり,競争条件が不平等になったりする結果,金融市場の分断や金融システムの不安定化という弊害をもたらす。こうした事情から,国際的な金融規制・監督の標準化や収斂が必要とされている。
スイスのバーゼルに所在する金融安定理事会(FSB)といった基準設定主体(SSB)が定める原則,指針,勧告等の国際基準は,加盟国に対しても直接的な拘束力を持たず,加盟国の国内法に受容されることを前提としている。重要な国際基準については,SSBにより国内法への受容状況が定期的に評価され,その結果が公表される。悪い評価が公表されれば,当該国の当局や金融市場に対する信認が損なわれるリスク(レピュテーションリスク)が生じるため,これらには実質的に高い規範性がある。
マレーシアのクアラルンプールに所在するイスラーム金融サービス委員会(IFSB)は,イスラーム金融にかかるSSBの一つである。IFSBは,銀行,資本市場および保険にかかる金融規制・監督のコンベンショナルな基準をシャリーアと整合的な形でイスラーム金融に取り入れることを主な目的として,「イスラーム金融規制のための主要な原則(CPIFR)」のほか,指針や技術的解説書を多数策定している。
一般的に,イスラーム教ではムハンマドが最後の預言者と位置付けられており,新たな啓示が示され得ない以上,全く新しい教義の解釈(イジュティハード)を打ち出すことは認められない,と考えられている。加えて,主要なイスラーム法学派は互いの見解に干渉し合わないことから,イスラーム金融にかかる規制や監督手法は標準化に馴染み難い。こうした事情により,IFSBなどによる基準設定機能は抑制的なものにとどまっている。
FSBは,2020年にCPIFRの銀行セクター編(IFSB-17)を各SSBによる国際基準のうち特に重要なもののリストである「健全な金融システムのための主要な基準」に加えた。もっとも,コンベンショナルなSSBによるイスラーム金融関連の作業は概して活発とは言い難い。この結果,イスラーム金融に関するSSBがコンベンショナルな金融の国際基準をイスラーム金融に取り込む,という一方的な関係が定着している。これは,イスラーム金融がコンベンショナル金融の派生形に過ぎないほか,まだ当該資産が金融資産全体の1%程度しか占めておらず,グローバルな金融システムの安定確保の観点から特別に考慮する必要はない,と認識されているためと推測される。
しかし,コンベンショナル金融がイスラーム金融のアプローチから学ぶこともあるのではないだろうか。イスラーム金融が宗教活動の一形態であると言っても,そこにはムスリム・ムスリマ以外にも有益な普遍的価値観が認められる。具体的には,カルドハサン(福祉改善を目的とした短期の無利子融資)やESG関連のインパクトスクーク(発行目的の達成が確認されるとクーポンが低下する設計のイスラーム債)がその表れである。これらは世界中の当局にとって新たな中心的課題の一つとなったサステナブルファイナンスにおける規制や監督のあり方に対しても,貴重な示唆を与えられると思われる。
もちろんイスラーム教圏にも環境破壊,人権侵害等の問題は存在する。それでも,イスラームの教義は,強欲を戒め,喜捨(ザカート)や寄進(ワクフ)を求めるなど,博愛・利他主義や長期的な思考を重んじる点で,ESGやSDGsと親和性が高い。気候中立化等に伴う経済的コストを幅広いステークホルダーの間で分担する「公正な移行」の重要性が叫ばれる今日,サステナブルファイナンスを議論する上で,イスラーム金融の理念を参考にする意義は高いのではないだろうか。形式面でも,シャリーア適格を得るプロセスとサステナブルファイナンスでグリーン認証等を得るプロセスはスクリーニングの手法として類似しているところ,これに関してはイスラーム金融に一日の長がある。
コロナ禍により顕現化した格差の拡大が行き過ぎた資本主義や市場至上主義に対する反省を促している。こうした状況に鑑みても,イスラーム金融とコンベンショナル金融の互恵的な関係を強化することが望まれる。
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