世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2289
世界経済評論IMPACT No.2289

GCC金融統合再考:SDGsとDXの政策的含意

金子寿太郎

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2021.09.20

 サウジアラビア,UAE,カタールなど中東湾岸地域の6か国で構成される共同体GCCの金融統合計画については,近年目立った進展が殆どみられていない。とはいえ,気候変動対応を含むESGやデジタル化といった今日のグローバルな潮流は,同計画にも政策的な含意を持つと考えられる。GCCは,EUやASEANと比べ,人口や経済規模は小さいものの,人口増加率が相対的に高いため,地域的な金融市場としての一体性も強化されれば,世界経済における重要度を増していくことが期待できる。

 GCCは,ASEANと比べ,文化,経済,社会等の面で均質性が高いため,技術的な観点からは,統合を深めることは相対的に容易な筈である。その一方で,EUと比べ,統合深化の動機が為政者と市民双方のレベルで弱い,という特徴もある。

 GCCは,EUを参考にして統合を進めてきた。発足の背景には,1979年にイランで起きたイスラム革命がアラビア半島に波及し,王政が打倒されるリスクの高まりや,同年にアフガニスタンに侵攻したソ連の中東における脅威の明確化,といった要因があった。つまり,GCCは,EUとは異なり,予期せぬ外部からの脅威に対する安全保障上の防衛網として,半ば緊急避難的に誕生した。このことも両者の統合深度の違いに関係しているであろう。

 GCCの金融統合は,1981年の発足から2年後に発効した経済統一協定に基づき,2003年の関税同盟の完成,2008年の共通市場の発足と進展し,2009年には通貨同盟合意書の発効に至った。2010年には域内統一中銀の前身として通貨評議会が発足したものの,この前後から加盟国間の足並みは乱れ始め,それから10年以上過ぎた今でも通貨統合は実現していない。

 金融統合が停滞している理由としては,一部加盟国間の政治関係の悪化,2008年以降の原油価格高騰により各加盟国が主権を犠牲にしてでも連帯する必要性を感じ難くなったこと,産業構造の多角化が遅れ域内補完関係の構築が進んでいないこと,などが挙げられる。

 現状,GCC金融セクターでは,規制や監督体制が加盟国毎に区々のままとなっている。通貨評議会は,2013年に域内統一的な銀行監督指針を策定するなど,標準化を図っているものの,指針という法的な性質上,その実効性は限られる。

 SDGsとDXは統合の停滞を変え得る外部要因である。SDGsに関して,原油や天然ガスといった化石燃料の輸出収益に国家財政が依存しているという点で,サステナブルファイナンスを通じた経済・社会の構造転換は,GCCにとって極めて重要である。DXについても,通信等のインフラが高度に整備されているにもかかわらず,金融包摂の度合いが低いという地域の特性に鑑み,フィンテックを活用する意義は高い。

 こうした中,個別加盟国レベルでは,興味深いプロジェクトも見られ始めている。

 サステナブルファイナンスに関して,例えばUAEは,気候変動・環境省が「UAEサステナブルファイナンス枠組み:2021-2031」の下で,国内共通タクソノミーの構築や気候変動リスクを把握するためのストレステストツールの開発を計画している。

 フィンテックについても,例えばサウジアラビアは,「ビジョン2030」という全体戦略に基づき,「金融セクター開発プログラム」を2017年に公表した。同プログラムを通じてデジタル決済の浸透やキャッシュレス社会の実現等を目指しており,この一環として,電子ウォレットサービスなどにかかる規制サンドボックス制度を導入した。

 このほか,サウジアラビアとUAEの中央銀行は,2019年1月にAber Projectという共同デジタル通貨計画を立ち上げた。同計画は,銀行を介したホールセール型の中央銀行発行デジタル通貨(CBDC)により,両国間の決済処理速度を速め,クロスボーダー取引コストを下げることを目的としている。2020年11月に公表された報告書では,今後も対象通貨の拡大を展望しつつ,新たなプロジェクトに繋げていく方針が示されている。今春,UAEは,中国とともに,香港とタイの国際的CBDC計画に合流した。

 こうした個別の動きはあるものの,GCCはサステナブルファイナンスやフィンテックに関する共同体レベルでの明確な対応方針をまだ打ち出せていない。

 GCCの金融統合計画は今後どうなっていくだろうか?今回取り上げた2つの外部要因のうち,サステナブルファイナンスには,インフラプロジェクトや技術開発に必要な巨額の資金をグローバルかつ効率的に民間投資家から調達できるよう,域内の銀行市場や資本市場の連結性向上を促す,という効果があろう。これは規制や監督制度の収斂に繋がると期待される。フィンテックについても,決済システム間の相互運用性の向上は,域内クロスボーダーの資金移動やサービス提供を活性化させるとともに,中長期的には,共通の金融市場インフラの必要性に対する認識を高めると思われる。

 このように,サステナブルファイナンスやフィンテックには本来的に国際的な政策協調を促進する側面があると捉えた上で,両者を金融統合の深化に結び付けることがGCCにとって課題ではないだろうか。仮に加盟国が連携を強化し共同体レベルの対応を図らなければ,これらの触媒を十分に活かせないかもしれない。その場合,G20加盟国であるサウジアラビアが,他の加盟国に先駆けて,いずれ構築されるであろう新たなグローバル標準へ移行することにより,域内金融システムの均質性が,少なくとも一時的には,損なわれることさえ考えられよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2289.html)

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