世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.930

日米経済対話の焦点:対立と協力の構図

馬田啓一

(杏林大学 名誉教授)

2017.10.16

日米経済対話の行方と日本の思惑

 日米のナンバー2(麻生副総理,ペンス副大統領)をトップとする日米経済対話の2回目の会合がいよいよ10月16日,ワシントンで開かれる。4月に東京で行われた初会合では,①貿易・投資のルールづくり,②経済・構造政策での協力,③インフラなど分野別協力,という3本柱で協議することで一致した。トランプ政権の陣容が整っていないこともあって,枠組み作りだけで個別の問題には踏み込まなかった。

 今回は,11月のトランプ大統領の訪日を控え,首脳会談の下準備といった意味合いも持っている。このため,9月中に分野別の作業部会を順次設置し,すでに実務者レベルで協議に入っている。16日の会合でそれらの進捗状況を確認する見通しだ。

 日米経済対話は同床異夢,日米の思惑には大きなズレがある。日本市場へのアクセス拡大を目指す貿易交渉の場だとして,日米FTAの交渉にも意欲を示す米国に対して,米国のTPP(環太平洋パートナーシップ協定)復帰を願う日本は,アジア太平洋の貿易・投資のルールづくりに向けた日米協力の場にしたいと考えている。貿易交渉だけに集中すれば,米国から農産物や自動車などで厳しい要求を突き付けられる。そこで,分野別の日米協力によって米国の圧力を弱めたいというのが,日本側の本音だろう。

 魚心あれば水心,これがトランプ政権に通用するのか。果たして日本の思惑通りに協議が進むのかどうか,対立と協力が織りなす日米経済対話の構図の中,現時点では着地点がどこになるのか,なかなか見通せない。

日本が懸念する経済対話の主な争点

 今回,日米経済対話の下で様々な分野別協力の案件が提示される見込みだ。例えば,東アジアで増加するLNG(液化天然ガス)の需要に対応すべく,米シェールガスのアジア向け輸出拡大で日米が連携する見通しだ。また,米国で進む高速鉄道などのインフラ整備についても,日本が新幹線の技術と資金の両面で協力する案が検討されている。そのほか,サイバーテロ対策,課税逃れ防止対策や,鉄鋼など過剰生産問題での対中包囲網でも連携強化を図るようだ。

 しかし,日米協力の案件をいくら提示しても,対日貿易赤字を減らしたい米国が2国間の貿易交渉を手加減するとは考えにくい。日米経済対話を米国側で取り仕切るのは,ロス商務長官とライトハイザーUSTR(通商代表部)代表である。ともに対日貿易赤字の削減を最重要の課題だと言っている。貿易の本来の意義を考えれば,2国間での貿易不均衡を問題視すること自体,経済学的な合理性はない。だが,残念ながら,それを言ってもトランプ大統領は聞く耳を持たない。来年11月の中間選挙までに成果が欲しい米国は,まずは短期決戦で,日本市場へのアクセス拡大を強く求めてくるのは間違いない。

 農産物では,冷凍牛肉のセーフガード(緊急輸入制限)が作業部会の議題に浮上した。米国産冷凍牛肉の輸入量が一定水準を超えたため,日本は今年8月にセーフガードを発動,来年3月末まで関税率を50%に引き上げることになった。パーデュー農務長官がこれを激しく批判,即時撤廃を要求している。だが,TPPが発効されていれば,発動されることはなかった。米国の身から出た錆である。

 麻生財務相は,発動の判断基準となる輸入実績の期間を現行3カ月から半年に延ばす案に言及するなど,制度の見直しに前向きな姿勢を示しているが,これで米国が納得するだろうか。見直しが豚肉にも及ぶ可能性もある。

 一方,今年7月の独ハンブルクのG20首脳会議に合わせて行われた日米首脳会談で,トランプ大統領が貿易赤字削減の必要性に言及する中で,日本に自動車の市場開放を求めた。米国の対日貿易赤字は700億ドルに近く,自動車関連はその7割を占める。

 このため,米国は日米経済対話で自動車を標的にするつもりだ。米国は自動車の関税はゼロでも非関税障壁を問題視している。今回設置された作業部会では,TPP交渉で日本の譲歩を十分引き出せなかった自動車の安全・環境基準についてまた蒸し返してくるのは間違いない。数値目標型の輸入自主拡大を再び要求してくる可能性もある。

 なお,日米経済対話では,円安絡みの為替操作が取り上げられる可能性もある。日本の財務省は,円安誘導のための為替市場介入は近年行っておらず,デフレ脱却を目指すアベノミクスの第1の矢,異次元の金融緩和策の結果であり目的ではないときっぱり反論している。

 しかし,ロス商務長官は,「為替相場の不均衡」を招くような行き過ぎた金融緩和策に縛りをかけようと考えている。このため,金融緩和を続ける日本は警戒を強め,為替の問題は経済対話から切り離し,別途,日米の財政当局で検討することに決めたようだが,安心はできない。

米国が日米FTAを求めてくる可能性

 TPPから離脱したトランプ政権は,日米FTAの締結が必要だと考えている。したがって,日欧FTAの大枠合意,RCEP(東アジア地域包括的経済連携)交渉の動きに刺激され,早晩,日米経済対話で米国から日米FTAの交渉開始を求められる可能性は高い。

 日米FTAを持ちかけられたら,日本はどうすべきか。徹底拒否は難しく,受けて立つしかなかろう。しかし,日米FTA交渉に入ったとしても,決着を急ぐ必要はない。日本としては,日米FTA交渉を長期戦に持ち込み,最終的に米国のTPP復帰に結び付けるような戦略をとるべきだ。日米FTAの交渉に時間をかけるより,手っ取り早くTPPに復帰した方が米国にとって得策であると訴え,米国にTPP復帰を促していくことが必要である。

 他方,メガFTAの動きから置き去りにされることへの米国の不安と焦りを掻き立てるため,第1に,TPP11の大筋合意(一部凍結を容認)を11月のAPECベトナム会合をめどに実現,第2に,年内に日欧FTAの最終合意を実現,第3に,それらをテコに,RCEP交渉を高いレベルで早期に決着(年内合意は先送り),というのが日本の通商戦略のシナリオである。首尾よく行けば,米国の尻に火をつけることができる。

気になる北朝鮮問題と日米経済対話

 何でも経済問題の取引材料にするトランプ流交渉術を,日本は警戒している。日米協力を提案して経済対話の焦点をぼかすだけでなく,安全保障の問題も切り離し,傷口を大きくしないようにすることが,当初の日本の目論見であった。

 だが,北朝鮮の核・ミサイル開発問題が大きくなり,日米経済対話に与える影響を無視できなくなった。11月の日米首脳会談では間違いなく北朝鮮問題と日米経済対話の2つが議題に取り上げられる。

 日米が連携して北朝鮮に圧力をかけているとき,経済対話で日米が対立するのは,決して得策ではない。北朝鮮を喜ばせるだけだ。だからと言って,「米国第一」を看板にするトランプ政権が,対日要求を手加減してくれるとは思えない。

 むしろ逆に,緊迫する北朝鮮問題をカードにして,安全保障と経済問題をディール(取引)するつもりではないか。日本の防衛と引き換えに,日本に市場開放を迫る可能性は高い。日本が果たして最後まで,経済合理性のない理不尽な米国の要求を撥ねつけることができるか。日米経済対話はこれからが本番だ。

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