世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.929

ASEANで進展する新たな地域金融統合の姿

伊鹿倉正司

(東北学院大学 教授)

2017.10.16

 2017年7月,資産規模でインドネシア最大手のマンディリ銀行が適格ASEAN銀行(QAB)に認定された。ASEANは,2020年を目処に域内金融セクターの統合を目指しており,ホスト国で地場銀行と同等の銀行活動ができるQABによるクロスボーダー活動の活発化によって,域内金融サービスの価格の収斂,質の向上,さらには域内の貿易・投資活動の促進が期待されている。

 今回のマンディリ銀行のQAB認定は,ASEAN銀行統合枠組み(ABIF)の下で,マレーシア中央銀行とインドネシア金融サービス庁の間で2014年12月に取り交わされた協定に基づくものであり,ASEAN銀行として最初のQAB認定である。マンディリ銀行は,今年中にもクアラルンプールの送金事務所を支店に昇格させ,自国企業に対する貿易金融やマレーシア国内に約80万人以上いるとされるインドネシア人労働者に対する送金サービスを展開する予定である。ABIFでは,2019年までに2行のQAB認定を目標に掲げており,今後,どの銀行がQABに認定されるか注目を集めている。

ASEAN銀行による域内クロスボーダー進出の現状

 ASEAN銀行による域内クロスボーダー進出は,ホーム国によって大きく状況が異なる。まずマレーシアの銀行においては,国内最大手のメイバンクが,ASEAN銀行としては唯一,域内の10か国全てに拠点を有し,国内第2位のCIMBもフィリピン以外の国に拠点を構えている。特にCIMBのインドネシア現地法人(CIMBニアガ)は,インドネシア国内に430拠点を有し,外国銀行としては最大の資産規模を誇っている。

 次にシンガポールの銀行においては,国内第3位のUOBがクロスボーダー進出に積極的であり,インドネシアやタイを中心として域内に400拠点近くを展開している。

 マレーシアとシンガポールの銀行に共通した特徴としては,1997年のアジア通貨危機を契機として国内銀行の再編が進み,それによって誕生した大銀行が,地場銀行の買収を通じたクロスボーダー進出を積極的に行ってきた点が指摘できる。加えて,2008年のリーマンショック後,ASEANからの欧州銀行の撤退が相次いでおり,その現地業務を引き継ぐ形でシンガポールの銀行が域内での存在感をさらに高めている。

 次にタイの銀行においては,国内最大手のバンコク銀行と国内第4位のカシコン銀行がクロスボーダー進出に積極的であるが,上記の2カ国の銀行とは対照的に,地場銀行の買収を伴わないグリーンフィールド進出に徹している。また,ASEAN主要国への進出よりも,経済的結びつきの強いCLMV(カンボジア,ラオス,ミャンマー,ベトナム)諸国への進出に関心が高い点もタイの銀行の特徴といえよう。

 最後にインドネシアとフィリピンの銀行においては,クロスボーダー進出に極めて消極的である。インドネシアでは,前述のマンディリ銀行や国内第2位のバンク・ラヤット・インドネシアがマレーシアとシンガポールにそれぞれ拠点を有するのみであり,フィリピンにいたっては,海外拠点を有する銀行は皆無である。この背景としては,両国とも国内市場の規模が大きく,今後も人口増加に伴って市場が拡大することが予想されていることから,海外進出する動機が乏しいことが考えられる。

ASEAN金融統合の今後のゆくえ

 ASEANが目指している地域金融統合のモデルは,言うまでもなくEUの金融統合である。EUの金融統合は,ドイツやフランスといった主要国の大銀行がEU域内に広範な拠点ネットワークを構築する形で進められた。特に,2000年代に入ってからは,EU主要国銀行は中東欧・南欧諸国への進出を積極化させ,地場銀行の買収を通じて,個人や中小企業に対する現地リテール金融業務に深く参入している。

 さて,ASEANは,今後EUと同じような形で地域金融統合を進めることができるのであろうか。筆者の答えは明確にノーである。その理由の1つとして,多くの論者が指摘するように,ASEANにはEUにおいて銀行のクロスボーダー進出を促した単一免許制度や通貨統合が存在しないことが挙げられる。また,これまで域内でのクロスボーダー進出を積極的に行ってきたマレーシアやシンガポールの銀行が,これ以上の拠点開設にあまり関心を示していないことも主な理由として挙げられよう。その最たる例はシンガポール最大手のDBSであり,DBSは従来の店舗チャネルを通じた顧客への金融商品・サービス提供に見切りをつけ(将来的には国内外の店舗の全廃を視野に入れている),最近はモバイルチャネルの拡充に多くの経営資源を投入している。

 2016年4月,DBSはインドに「デシバンク」と称するモバイル専業銀行を開業した。店舗を持たないこの銀行は,開業からわずか9カ月で80万口座を獲得したとされ,2017年4月にはインドネシアに同様の銀行を開業させた。DBSがデジタル化戦略を加速化させている背景には,ASEANでのモバイル決済サービスを展開しつつある中国のアリババやテンセントの存在があり,DBSにとってのライバルは,もはや銀行ではない。このようなDBSの動きに,他のシンガポール銀行やマレーシア銀行も追随の動きを見せており,このことが彼らのフィンテックベンチャーへの出資の急増につながっている。

 EUでは,EU主要国銀行による域内での広範かつ多くの拠点開設を通じて金融統合が進められてきたが,ASEANでは,ASEAN主要国の銀行,もしくは域外の異業種企業によるモバイルチャネルを通じた金融統合が今後進展する可能性がある。むしろこのような形の方が,ASEANが想定している以上のスピードと深度で地域金融統合が成し遂げられるかもしれない。

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伊鹿倉正司

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