世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.925
世界経済評論IMPACT No.925

創設50年を迎えたASEAN

石川幸一

(亜細亜大学 教授)

2017.10.09

 ASEAN(東南アジア諸国連合)は,今年8月8日に創設50周年を迎えた。1967年8月8日に東南アジア5か国(インドネシア,マレーシア,フィリピン,シンガポール,タイ)により創設されたときは存続が危ぶまれたが,現在では「最も成功した開発途上国による地域協力機関」と評価されている。成功という評価の理由は,①加盟国間の平和の維持,②経済統合の着実な前進,③東アジアの協力・統合での重要性である。

 ASEANは極めて困難な条件の中で地域協力と統合に取り組んできた。そもそも,「東南アジア」という地域概念はなかった。「東南アジア」という地域概念が登場したのは1943年にセイロン(現在のスリランカ)のコロンボに置かれた英軍の「東南アジア司令部」が最初である(注1)。欧州は,キリスト教,ローマ法,ギリシア文明など統合の文化的な共通基盤があったが,東南アジアにはそうした共通基盤は弱かった。宗教では,大陸部は上座部仏教,島嶼部はイスラム教が優勢だが,フィリピンはカトリック教徒が8割を占める。バリ島およびマレーシア,シンガポールに多いインド系住民はヒンドゥー教徒である。

 ASEAN創設前には,マレーシアとインドネシアはインドネシアの対決政策,マレーシアとフィリピンはサバの領有権問題で深刻な対立関係にあり,シンガポールは1965年にマレーシアから分離独立したばかりであり,創設時の加盟国間の相互不信は強かった。経済格差も極めて大きく,一人当たりGDPでは2010年に日本を超えたシンガポールとミャンマーでは42倍(2000年では108倍だった)の格差があり,産業の発展レベルや識字率や平均寿命などに示される教育や衛生面でも大きな差があった。

 こうした困難な条件下で取り組まれたASEANの地域協力と統合は中々成果を挙げられず,ASEANは「talk shop(おしゃべりの場)」と揶揄され,AFTAも実効性がない,特恵貿易協定に過ぎないと厳しく評価されることが少なくなかった。

 ASEANが困難な条件下で協力と統合に成功した大きな理由として危機意識と団結のメリットがあげられる。ASEANは中国とインドの間に位置し太平洋を挟んで米国,東北には日本という大国があり,大国,強国の狭間にある弱小国連合である。1か国では大国に対処するには余りに弱く,外交面の発言力が強めるには団結するしかない。安全保障だけでなく,経済面でも統合することにより人口が6億人を超えるなど存在感を増すことができた。

 もう一つの理由は,協力と統合を「ASEAN Way」と呼ばれる東南アジアの実情に合った現実的で賢明なやり方で進めてきたことである。内政不干渉,コンセンサス方式,時間をかけた柔軟な進め方などが特徴であり,たとえば,AFTAではカンボジア,ラオス,ミャンマー,ベトナム(CLMV)の後発国は自由化スケジュールを遅らせるなど特別扱いをしてきた。

 経済統合での成果は大きい。1993年にスタートしたAFTAは2018年1月に完成する。2010年1月にはASEAN6が関税を撤廃し,2018年1月にCLMVが関税をほぼ撤廃し,自由化率が約99%と非常に高いFTAが実現する。ちなみに日本のEPAでの自由化率はTPPを除くと80%台後半であり,AFTAの自由化率は特筆すべき高さである。2015年末にはASEAN経済共同体(AEC)を創設した。

 AECは2015年末に創設されたが,目標の達成率は82.3%でありAECは完成したとはいえない。関税の撤廃は誇るべき大きな成果だが,非関税障壁はほとんど撤廃されていない。サービス貿易の自由化や投資の自由化も100%実現ではない。貿易手続きを電子化しASEAN域内で接続するASEANシングルウィンドウも7か国で試行が始まったところである。ASEAN高速道路ネットワークやシンガポール昆明鉄道など輸送インフラは2020年が目標年次だった。格差是正は緩やかに進んでいるが一人当たりGDPは今でも最大で42倍の格差がある。従って,2015年末のAEC創設は「通過点」であり,ASEANは2025年を目標としてAEC2025ブループリントを作成し,残された課題とともに新たな課題に取り組み始めている(注2)。

 ASEANの経済統合については,従来否定的あるいは懐疑的評価が多かった。自由化の進展が遅かったためである。しかし,ASEANの経済統合の成功の最大の理由は,高い目標を掲げながらも実行は柔軟かつ時間をかけたものだったことである。極めて大きな経済格差があり,同一歩調での自由化が難しかったのがその理由だ。たとえば,関税撤廃は1993年に開始され完成するのは2018年だから25年を要したことになる。サービス貿易自由化は1995年に始まり,まだ終わっていない。最近は短期的に成果を求める風潮だが,ASEANの経済統合は中長期的にみるべきである。ASEANの経済統合は,①自由化・円滑化など統合のための制度が着実に構築されている,②域内生産ネットワークの形成など実態面での統合が進展していること,③越境道路やメコン川の架橋など統合を支援する輸送インフラの整備,④域内各国経済の順調な発展,⑤ASEAN市民意識が育っていることなどから高く評価することができる。

[注]
  • (1)ドイツでは1890年代から東南アジアという用語が使われていたといわれる。
  • (2)AECの成果と課題については,石川・清水・助川編「ASEAN経済共同体の創設と日本」(文眞堂,2016年)が詳しい。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article925.html)

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