世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
東アジア経済統合とトランプショック:RCEPとTPP11への期待
(九州大学経済学研究院 教授)
2017.05.29
2017年1月20日にトランプ氏がアメリカ大統領に就任し,1月23日にはTPPからの離脱に関する大統領令に署名した。アメリカのTPP離脱が現実のものとなった。アメリカのTPP離脱は,東アジア経済と経済統合にも大きな負の影響を与える。東アジア各国は,世界経済における貿易と投資の自由化の中で急速に発展してきた。また貿易や投資の自由化を牽引する経済統合を進めてきた。しかし,アメリカのTPP離脱とアメリカ経済の保護主義化は,これまでの急速な発展と経済統合の進展を阻害する可能性がある。
東アジアの経済統合は,ASEANによって牽引されてきた。ASEANは1967年に設立され,1976年からは域内経済協力を進め,1992年からはASEAN自由貿易地域(AFTA)の実現を目指した。2003年からはASEAN経済共同体(AEC)の実現を目指し,2015年12月31日にAECを創設した。同時にASEANは,東アジアの経済統合においても中心となってきた。2011年には東アジアのメガFTAである東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を提案し,その交渉をリードしてきている。
TPPの行方は,ASEANと東アジアの経済統合にも大きく影響する。トランプショック以前には,第1に,TPPはAECを追い立ててきた。第2に,TPPがRCEPの確立を追い立ててきた。そしてRCEPが更にAECを追い立ててきた。第3に,TPPの幾つかの新たなルールが,AECやRCEPを深化させる可能性が考えられた。しかしながら,TPPが頓挫してしまった場合には,これまで述べてきたプラスの影響は得られないであろう。
TPPが進まない現在の状況の中で,AECとRCEPは更に重要となる。AECは東アジアで最も深化した経済統合である。そして現在交渉中のRCEPは,成長を続ける東アジアのメガFTAである。RCEPの実現は,東アジア全体で貿易と投資を促進するとともに生産ネットワークの整備を促進し,東アジア全体の発展に資するであろう。東アジアでは,生産工程が各国に跨る生産ネットワークが成長を牽引してきた。東アジアの発展のためには,広域の経済統合が必要である。RCEP交渉を今年中に妥結させることが先決である。RCEPの交渉妥結が,TPPや他のメガFTAの存続と発展に大きく繋がるであろう。
RCEPを提案し牽引しているのはASEANであり,その役割は重要性を増している。RCEPが妥結できるか,どのようなFTAとなるかは,ASEANとAECに依るであろう。今年はASEAN設立50周年でもある。ASEANのリーダーシップによってRCEP交渉が妥結する事を期待したい。その際には日本の協力も不可欠である。
東アジアには,現在,「一帯一路」やアジアインフラ投資銀行(AIIB)のような中国主導で,ASEANが中心とはならない協力もかぶさって来ている。ASEANがイニシアチブを握り,東アジアの経済統合を進めるRCEPの役割は大きい。
以上のような状況の中で,日本は,TPP,RCEP,日本EUのEPAの3つのメガFTAを進め,世界全体での貿易自由化と通商ルール化を進めなければならない。これまで世界の貿易自由化と通商ルール化を先導していたアメリカが逆の方向に向かいつつある今日,日本の役割はきわめて大きい。日本がASEANと連携してRCEPを進めて行くことは,更に重要になっている。RCEPを質の高いメガFTAとする事も必要である。同時に,日本とEUのEPA交渉を進めることも必須である。
そして日本がTPPを立て直すことが肝要である。4月19日には,麻生副総理が,日本がアメリカ抜きの11カ国でのTPP協定発効を進めることを明らかにした。TPP11である。TPP11は,5月2-3日の交渉会合に続けて,5月21日のTPP11カ国による閣僚会議で話し合われた。閣僚声明では,早期発効に向けた選択肢を検討し,その作業を11月のAPEC首脳会議までに終えることが述べられた。アメリカの復帰を促す方策を検討することも述べられた。
無論,TPPに関して各国には多くの思惑がある。マレーシアやベトナムは,アメリカ不在のTPPには消極的かもしれない。チリやペルーは中国の参加を模索するかもしれない。しかし日本が交渉を先導することによって,TPP11を発効に導くべきである。そしてアメリカをTPPに呼び戻す努力を続けなければならない。
TPP11は,東アジアの経済統合にとっても大きな力となるであろう。FTAにおいても,一つ状況が変われば,次の状況が変わる。TPPがこれまでの東アジアの経済統合を進めたように,TPP11がRCEP交渉を後押しし,また逆にRCEP交渉の進展がTPP11を後押しする相乗効果が考えられる。TPP11とRCEPの進展によって,世界とアメリカの通商政策を巡る状況も変化してくることを期待したい。
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