世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.847
世界経済評論IMPACT No.847

21世紀型経済統合を指向するASEAN

石川幸一

(亜細亜大学 教授)

2017.05.22

 ASEANは今年創設50周年を迎える。創設時の5カ国,人口1億9000万人から現在は10カ国,人口6億5000万人,名目GDP2兆4000億ドルに発展し,2015年末にはASEAN共同体(AC)を創設した。ASEANは発展途上国の地域協力機構として最も成功していると評価されているが,経済統合についての評価は分かれている。筆者は,2015年末のAEC創設は「通過点」であり,AECブループリントの目標は100%達成されていないが,中長期的にみれば多くの分野で成果をあげたと評価している。とくに関税撤廃は最大の成果である。

グローバルな生産ネットワークへの参加

 ASEANの経済統合に対する低い評価は少なくない。その大きな理由は,域内貿易比率の低さである。2015年の域内貿易比率(輸出)は24%であり,EU(63%),NAFTA(50%)に比べると確かに低い。しかし,AECの目標の一つは「グローバルなサプライチェーンのダイナミックで強力な一部とする」である。ASEAN域外とのネットワーク形成,すなわち域外との貿易の拡大が目標になっており,域外とのFTAを目標としている。ASEANの経済統合を域内貿易比率のみで評価するのは片手落ちである。

 グローバル企業の競争力はコストとスピード(リードタイムの短縮)で決まるため,原材料・部品の調達から生産,販売にいたる国境を越えたサプライチェーンを効率的に構築することが求められる。途上国から見れば,グローバル化が進展した今日,工業化による経済開発を進めるにはサプライチェーンに参加すること,すなわち生産ネットワークへの参加が決定的に重要となる。ASEANは貿易自由化に加えて物流インフラと制度の整備なども目指している。

 ASEAN主要国は,とくにプラザ合意後輸出指向型の外資を誘致し,欧米など海外市場に工業品を輸出することにより高い成長を実現してきた。1993年に開始されたAFTAの主な目的は外資誘致だった。中国など外資誘致の強力なライバルが出現する中で外資誘致を持続するために経済統合を選択したという面があるが,重要なのは外資誘致によりASEANがアジアの生産ネットワークに組み込まれていったことである。

統合の深化を推進

 生産ネットワークは域外とだけでなく,域内でも形成されている。その典型的な例は自動車産業によるものであり,BBC(Brand to Brand Complementation Scheme),AICO(ASEAN Industrial Cooperation)そしてAFTA(ASEAN Free Trade Area)を活用してきた。トヨタ自動車のIMVは眼にみえる成果である。域内生産ネットワークは,交通インフラの整備,関税撤廃の進展,タイの賃金上昇などに伴い,CLM諸国にも拡大しており,タイと周辺国の生産ネットワークが急速に築かれている。

 生産ネットワーク構築を支援する経済統合は21世紀型の経済統合といわれる。多くの国を跨って工場間で部品など中間財が取引される貿易をリチャード・ボールドウィンは21世紀型貿易と名づけている。これは多国間での生産ネットワークの形成であり,ASEANでも20世紀末から進展してきた。21世紀型貿易に対応した21世紀型経済統合は,物品の貿易だけでなく,非関税障壁撤廃,サービス貿易自由化,投資自由化,知的財産,競争政策,規格・基準,貿易円滑化などを含む「深い統合」が求められる。ASEANはAECにより21世紀型の「深い統合」を進めている。

漸進主義かつ柔軟な統合方式

 ASEANは,加盟国が極めて多様で大きな経済格差が存在している。所得レベルは,シンガポールとミャンマーでは40倍の格差がある。新規加盟国は1980年代に市場経済への移行を開始した移行経済であり,国有企業が大きな役割を果たしている。行政能力や政策を実施する人材の面でも域内の格差は大きい。

 多様性と大きな格差の中では,自由化を一律に実施することは不可能であり,無理な実施の押し付けは一部の国の反発と不満を招き,ASEANの統合への遠心力となる恐れがある。AFTAは1993年から2018年まで25年かけて関税を撤廃している。サービス貿易の自由化は1995年から20年かけているが,現時点でも完全な自由化ではない。漸進主義と自由化の態勢が出来た国から先に自由化するという「ASEAN-X」方式など柔軟な自由化方式が結果的に質の高い統合(AFTA)を実現できた要因である。高い目標を掲げながらも遅れた国の実態を踏まえての自由化は開発途上国に適した経済統合である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article847.html)

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