世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ASEANとGCC首脳会議に中国が参加
(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)
2025.05.05
第46回ASEAN首脳会議が5月26日~27日にクアラルンプールで開催される。併催されるASEAN・GCC(湾岸協力理事会)首脳会議に中国の習近平国家主席が参加する。ASEANとGCCは,第1回首脳会議を2023年6月にサウジアラビアのリヤドで開催し,以降2年おきに首脳会議をGCCとASEANで交互に開催することに合意した(注1)。また,2024年から28年を対象とするASEAN・GCC協力枠組み(ASEAN-GCC Framework for Cooperation)を採択し,全てのGCC加盟国が東南アジア友好協力条約(TAC)に加盟した。共同声明は,政治・安全保障,貿易投資,経済,脱炭素化,海洋協力,デジタル化,文化交流など42項目にわたる広範な分野での協力と交流を実施するとしている(注2)。
ASEAN・GCC協力枠組み(2024年−28年)は,政治・安全保障協力,経済協力,社会・文化協力,連結性,ASEAN統合イニシアティブ(開発格差の縮小),実施メカニズムの6つの柱から構成されている(注3)。これは,ASEANが中国や米国など対話パートナーとのパートナーシップ行動計画とほぼ同様の構成である。
政治安全保障協力では,①政治・安全保障,②テロリズム,ラディカリズム,暴力的な過激主義の防止と対抗,の2分野が対象であり,ニューヨークの国連総会時の閣僚会議,ASEANとGCCの事務局の年次会議開催などを行う。経済協力では,①貿易投資,②農業と食糧の安全保障,③エネルギー,④観光の4分野,が対象となっている。貿易投資では,貿易投資促進機関の対話,ビジネス交流の促進,ASEANとGCCで行われる展示会への参加,零細中小企業政策分野の協力と情報・経験の共有,経済統合の経験についての意見交換,貿易投資精政策対話,貿易投資産業分野のセミナー,会議などの開催などを行う。社会・文化協力では,①文化と情報,②教育,③キャパシティ・ビルディングの3分野が対象である。実施メカニズムでは,ASEAN事務局とGCC事務局が年次会議の開催,情報と経験の交換など連携を行い,ASEANの部門別機関(Sectorial Body)とGCCのカウンタ-パ-トが協力を実施する。アンワル首相はASEANとGCCのFTAの交渉を提案したと報じられているが,協力枠組みには含まれていない。
経済的なメリットと南南協力
マレーシアの外相は,3国・地域がASEANの天然資源,GCCの資金,中国の市場という経済的に補完関係にあると説明している。中国は市場だけでなく製造業分野の投資,資金,デジタル分野などの協力が期待でき,ASEANも市場として発展するとともにASEAN企業が海外投資を活発化させているなど経済交流のメリットは大きい。ASEANはグローバルサウスの国々への経済協力(南南協力)を進めようとしており,中国を含めてASEANとGCCの協力を進めることも考えられる。
マレーシアを含むASEAN主要国は,国際政治およびグローバルサウスにおけるプレゼンスと発言力の強化を図っており,2024年にはマレーシアとタイがBRICSに参加申請を行った。2024年のBRICS首脳会議でタイ,マレーシア,ベトナム,インドネシアがパートナー国候補となり,インドネシアは2025年1月に正式加盟を認められた。ただし,BRICSへの加盟やパートナー国となることやASEAN・GCC首脳会議への中国の招待がASEANおよび加盟国が米中対立の中で中国側につくことを意味しないことに留意が必要である。ASEAN主要国は2022年に米国主導のインド太平洋経済枠組み(IPEF)に参加しており,2023年には西側先進国がメンバーのOECDへの加盟を申請している。ASEANおよびASEAN主要国は米中対立の中で中立の姿勢を堅持し,米中両国のそれぞれのイニシアチブ(IPEFや一帯一路)に参加し緊密な経済関係を維持する均衡戦略を進めている(注4)。
トランプ政権の保護主義への対応と輸出先の多角化
首脳会議への中国の招待はトランプ氏の当選の前に発表されているが,ASEAN・GCC・中国の協力はトランプ政権による相互関税など関税賦課の濫用とその影響としての対米輸出の減少への対応として重要になっている。4月2日に発表された相互関税は,ベトナム46%,タイ36%,マレーシア24%など極めて高率だったが,4月5日にベースライン関税10%が課され,その後残余分については90日間停止となった。中国の相互関税は34%だったが,中国の報復関税に対抗して最終的には145%に引き上げられており,米国市場に替わる輸出市場を見つけることが急務となっている。ASEANも米国市場への依存を是正し輸出先の多角化を進めることが必要であり,ASEAN・GCC・中国の3国地域の協力は重要性を増している。アンワル首相が提案したASEAN・GCCのFTAの交渉も速やかに開始すべきであろう。
中国はASEANと首脳会議を毎年開催し,GCCとは2022年に初の首脳会議を開催した。日本とGCCとは首脳会議の開催はなく,2009年から交渉が中断していたFTAは2024年に交渉を再開した。ASEANとGCCの関係強化に中国が関与するという新たな動きが起きつつある現在,日本はGCCとの関係を見直し,強化を図るべきである。まず,FTA締結に向けての交渉を進めることであり,ASEANとGCCのFTAが締結されれば,RCEPへのGCCの参加も課題となろう。なお,GCCは経済統合が進んでおり,2008年1月に共同市場,2015年1月に関税同盟を設立している。
[注]
- (1)ASEANとGCC協力関係については,須永和男(2024)「活発化するASEAN・GCC協力――第1回ASEAN・GCC首脳会議と今後の展望」NIDSコメンタリー第322号,防衛協力研究所を参照。
- (2)Joint Statement ASEAN-GCC Riyadh Summit, Riyadh, Kingdom of Saudi Arabia 20 October 2023.
- (3)ASEAN (2023), ASEAN-Gulf Cooperation Council Framework of Cooperation 2024-2028.
- (4)ASEANと中国の経済関係およびASEANの均衡戦略の詳細については,石川幸一・大泉啓一郎・亜細亜大学アジア研究所編(2025)『ASEAN中国新時代 高まる中国の影響力』(文眞堂)の各論文を参照願う。
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