世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.846

米抜きTPP11に舵を切った日本、「賽は投げられた」

馬田啓一

(杏林大学 名誉教授)

2017.05.22

日米経済対話はバイとマルチの攻防

 何でも経済問題の取引材料にするトランプ流の交渉術を,日本は警戒している。米国のロス商務長官は対日貿易赤字の是正を最重要課題だとしており,日米経済対話で米国から厳しい対日要求が出されるのではないかと,日本は戦々恐々だ。貿易赤字の削減を主張するトランプ大統領が今年3月末,中国や日本など対米黒字国を対象にその要因分析を命じる大統領令に署名した。これをテコに対日交渉を有利に進めるつもりらしい。

 トランプ政権の求めに応じて2国間交渉に入れば,農産物や自動車などでTPP(環太平洋パートナーシップ)を上回る市場開放を迫られる可能性が大きい。日本はインフラ整備やエネルギーなどの分野での経済協力を進めることで,2国間交渉を避けようとしている。

 しかし,経済協力の案件をいくら提示しても,貿易不均衡の是正を優先課題にしている米国が2国間交渉を撤回するとは考えにくい。そこで日本が出した切り札が,「米抜きTPP11」の発効である。日本としてはバイの交渉は極力避けて,マルチの方に話をそらす戦法を取るつもりだ。

 日本は何とかして,日米FTAの協議だけでなく,日米主導によるアジア太平洋の貿易・投資ルールづくりに向けてTPPを含むマルチの協議をすることで焦点をぼかし,対中包囲網の重要性を訴え,最終的に米国をTPP(修正版を含む)の土俵に引っ張り込もうとしている。米抜きTPP11はそのための「ショック療法」と見てよい。TPPを離脱してもアジア太平洋の巨大市場から締め出されることはないと,高をくくっている米国の尻に火をつけるつもりだ。

TPP11に舵を切った日本,「押してもダメなら引いてみな」

 「押してもダメなら引いてみな」,口説きの常套手段である。米国を除くTPP参加11カ国は今年5月,カナダのトロントで首席交渉官会合を開き,米国抜きのTPP発効に向けて本格的な協議を始めた。日本がこれまで消極的だった米抜きTPP11の発効に舵を切った理由は何か。日米経済対話後の記者会見で,ペンス副大統領がTPPについて「過去のものだ」と言い切ったからだ。

 日本がTPP11の発効を目指すことについては,米国から後で文句が出ないように日米経済対話の共同声明で仁義を切っている。日本は,米国への説得工作が不調に終わり,TPPが塩漬けのまま時間が過ぎていくと,TPP11カ国の結束が緩み,TPPからのドミノ離れが生じることを恐れた。TPP11の早期発効に向けた協議を通じてTPPへの求心力を維持するのが狙いだ。

 中国は,TPPの頓挫をチャンスと捉え,FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)への道筋としてRCEP(東アジア地域包括的経済連携)のルートを定着させようとしている。だが,TPP11案の協議によってTPPが生き残ることができれば,中国の目論見を潰すことができる。TPP頓挫に喜んだ中国だが,それも「糠喜び」となる。

TPP11は同床異夢,楽観は禁物

 ただ,TPP11をめぐる各国の思惑は様々,「同床異夢」といった感じだ。TPP11を発効することについて各国は一致しているが,具体的な方法については温度差がある。妥協点は見いだせるのか,見通しは決して良くない。楽観は禁物だ。

 日本は,豪州,ニュージーランドとともに,現行のTPPの合意内容は変更せず,発効要件のみ修正し,TPP11の早期発効を目指す。日本がAPECベトナム会合をメドに年内決着を目指すのは,マルチでなくバイの交渉に重点を置くトランプ政権を牽制する狙いがあるからだ。

 しかし,ベトナムやマレーシアは,米国市場への参入と引き換えに国有企業改革や知的財産権強化などルールづくりに応じたことから,貿易・投資ルールなどTPPの合意内容について一部見直したい考えだ。さらに,南米のペルーやチリは,TPP11カ国以外の中国などの参加を提案している。しかし,中国が参加するとTPPの合意内容が大幅に修正され,高いレベルが維持できなくなる恐れがある。

 米国がTPPに戻ってくる保証はない。米国が抜けたことによりTPPの合意内容を見直そうとする動きは侮れず,調整は難航するかもしれない。このため,日本は,最悪のシナリオとして有志国だけで先行して合意し発効させる案も考えている。

「TPPの暫定適用」が着地点か

 TPP11の発効について参考となる例が,「関税及び貿易に関する一般協定」(GATT1947)の暫定適用である。TPPの暫定適用であれば各国とも柔軟に対応できる。TPPの合意内容を修正せず,「祖父権(grandfather rights)条項」を導入することによって,各国の国内法に反しない最大限の範囲でTPPルールが適用される。これにより,TPPの合意内容に異論をはさむ国の参加も可能となろう。

 米国のTPP復帰の余地を残しながら,TPP11カ国が揃って「TPPの暫定適用に関する議定書」を締結することがベストである。先読みすれば,暫定適用の期限は米国がTPPに戻ってくるまでとし,柔軟に祖父権を認め,早期に発効できるようにする方向で調整が進む可能性が高いのではないか。

 賽は投げられた。5月下旬にベトナムで行われるAPEC貿易相会合に合わせて,TPP11カ国は閣僚会合を開き,米抜きTPP11を発効するための具体案も含め今後の方向性を打ち出す方針である。日本は,11月のAPEC首脳会議までに協議を決着させる考えだ。日本の思惑通り,再交渉に向けてTPP参加国をまとめていけるか。調整役としてリーダーシップを発揮してこそ,日本はアジア太平洋のリーダーとして「一皮むける」ことができる。

*詳しくは,拙稿「トランプショックとアジア太平洋の経済統合の行方」霞山会『月刊東亜』No.600,2017年6月号を参照されたい。

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