世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
欧州国家連合体「EU」を脅かす,「反グローバルな遠心力」
(桜美林大学大学院 教授)
2017.05.15
2017年の欧州は「選挙」の年である。とくに4月下旬/5月上旬に実施されたフランス大統領選挙は最終的には,親EUを主唱し若手かつ改革の旗手として期待されたマクロン氏が勝利した。
しかしながら(a)混戦・僅差とは言え,第一回投票で既成二大政党が推す候補が決選投票に一人も進めなかった,(b)政治経験は少ないが若手の新リーダーであり,ビジネス界等の期待を集めた中道独立派のマクロン候補が,急速に各方面の支持を集めた,(c)国民戦線(FN)ルペン候補が,決選投票に進出し,反ルペン包囲網下でもかつてなく支持を集めた(得票率34%),という結果からは,EUに対する逆風の流れが変わったとまでは言い切れないであろう。
フランスはEU(及びその前身)の創設以来のメンバーであり,統合過程でも常に中心的役割を果してきた。様々な局面で異を唱え,ユーロにも参加していない英国とは事情が異なるもので,しかも国民のユーロ支持/EUへの帰属感は英国よりかなり高い(2016年欧州委員会調査結果)。
そうした中で,反EUのルペン候補への支持が三分の一に達した(既に2014年欧州議会選挙においてフランスではFNが首位を占めた)ことは,フランス第一主義,EUエリート(官僚)支配批判,移民難民規制強化などに共鳴する「反グローバルな遠心力」が,EUの中核国でも,最早無視できなくなっている実態をあらためて示したといえるからである。
そもそもEUは,そのスタート時点で,悲惨な第二次大戦を経てフランスとドイツ(西ドイツ)の和解と平和,欧州の経済的自立と復興を目的として,統合への歩みを始めたわけである。そのプロセスは確かにスタート時点(ベネルクス3国と仏・独・伊の6か国)からエリート主導で,各国民や市場は後追い/追認のパターンで,統合過程でも多くの混乱(90年代欧州通貨危機等)や,各国に課された重い努力(マーストリヒト条約が要求する条件充足のための改革実施等)があったが,基本的には「統合」に参加することで,関係国・国民のWIN-WINが実現していった。
その大きな成果が「域内市場統合」(85〜92年,93年に完成,モノ・カネの移動の自由化)と,「シェンゲン協定」(ヒトの移動の自由化),そして「共通通貨ユーロ(70年ウエルナー報告に始り,欧州通貨制度=EMSを経て,92年マーストリヒト条約により99年誕生)とECBによる統一的金融政策」であろう。しかしベルリンの壁が崩壊して以降,加盟国が大幅に増加するにつれ,EUは拡大と深化〔統合の質的強化,財政統合への努力や共通危機管理体制の構築整備など〕のバランスがとれなくなっている。まず,通貨ユーロ発足時までは加盟国に対して有効に働いていた「経済格差の縮小と収斂」「財政規律の順守」への努力は徐々に稀薄化し(とくに2002年独・仏両国が安定成長協定(Stability Act)に違背しながらもペナルティを免れたこと,ギリシャが政治的配慮に後押しされユーロに加わったことなど),ユーロ効果による経済メリットの享受や,EUの拡張に伴うユーフォリアのなかで,様々な統合バブルを生んでいったとみられる。
そして拡大に伴いその統治機関構造や合意形成/決定プロセスは複雑化し,各国民からますます見えにくいものとなった。EU政府・官僚機構及び発信する各種指令は,加盟国拡大による利害調整,グローバル経済/市場を舞台に各種EUスタンダードや共通規制の制定に腐心する一方,民主主義の伝統と巨大な政治・経済力を持つ「欧州」というグローバル共同体を展望して,EU国家連合の政治統合(憲法制定等)に目を向けていたが,域内諸国に長期的な成長をもたらし,各国民の経済生活を一段と向上させ統合度を高めるという政策や,域内イノベーション推進戦略等については,魅力あるグランドデザインを欠いたまま2008年にリーマンショックに遭遇した。さらに旧東欧圏各国やバルト諸国がEUに加わった現在,各国利害は一層錯綜し,しかも(金融危機の発生や地政学的リスクの脅威,テロとの戦いや,難民問題など)様々な危機管理が必要な状況で,域内国民のEU司令塔に対する異和/不協和音も徐々に高まり,とくに「ギリシャ危機」以降は,加盟国・国民のWIN-WINが将来持続するという「期待度」は低い状況となっている。
遡る2009−10年に始まった「ギリシャ国債危機(財政危機)」は,南欧諸国などに連鎖波及し,共通通貨ユーロまで脅かす「ユーロ・ソブリン・クライシス」に発展し,当事国ギリシャのデフォルト(債務不履行)は勿論のこと,同国の「ユーロ圏離脱」やそれに伴う「ユーロ崩壊」さえ巷間深刻に議論された。これは,元々財政規律が弱く,痛みを伴う改革持続が政治的に難しい国々への黙認と経済のバブル化の問題が根底に存在したが,危機への対応でEU内の足並みが揃わず支援や対策が後追いかつ対症療法であったことで,危機が拡大連鎖してしまった。また域内最大の経済大国で,ユーロ誕生及び統合の東方拡大により最もメリットを得たと思われるドイツが,支援の条件に(ギリシャに一層の困難を課す)厳しい緊縮政策を課し,債務カットに否定的等,原則論的なスタンスに立ち続けたことも,ユーロさらにEUの危機にまで発展するリスクを高め,危機が長期化した一因であろう。その結果域内経済・金融の混乱は,各国に大きなダメージを与え,EU内各国の亀裂を拡大させることとなった。ところが2016年には,今度はユーロ圏との緊密な経済関係により大きなメリットを得ており,ギリシャ危機の直接的ダメージは受けていないはずの「英国」が,国民投票の結果,僅差でEUを脱退することが決定(BREXIT)されたのである。脱退国がもし連鎖すれば,ユーロ危機のみならず今度はEU全体の危機に至るリスクも,あながち否定できなくなった。こうした欧州各国の政治舞台は,このところポピュリズムの嵐に襲われているといわれる。EU加盟希望国に求められる基準の一つとして,事実上「民主主義」が掲げられている中で,EU各国自体が,民主主義の亜種・変種とされる所謂ポピュリスト政党勢力(フランス国民戦線,イタリア五つ星運動,オランダ自由党など)の増大に脅かされているというわけである。しかしこうした党派は(これまで括られてきた)単なる極右派勢力ではなく,ナショナル・ポピュリズムと呼ばれる存在で,各国国民に燻る「反グローバル」的なマインドを上昇気流として躍進を続けている。しかもフランス・イタリアなどの既成与野党は,ユーロ誕生以降,国内の硬直的な経済構造・労働市場などの改革を緩めたため,ドイツとの格差は益々拡大するに至った。そしてリーマンショック以降,所得は伸びず,失業率は高止まり,かつテロとの戦いの中で,国民の安全面まで脅かされるに至り,既成政党は「信」を喪いつつあるといえよう。
同時に反EU〔エリート〕感情とは,これまでグローバル化を先取りし,国の枠組みを超えて,開かれた統合に向け慎重かつ試行錯誤・悪戦苦闘により拡大深化をリードしてきたEU当局が,成功体験に安住し初心から遠ざかっているとする批判を背景に増大してきた面も否定できない。
こうしてEUの求心力が徐々に減退し,「反グローバルな遠心力」が高まりつつある空隙を衝いて,国家主権の復権,ナショナルな価値重視や,排外主義,反格差といった「新たな求心力」を提示して勢力を伸張してきたのが,各国の所謂ポピュリズム政党といえよう。
当面政局は一段落するであろうが,EUの求心力を再び高め反グローバルな遠心力による統合マインドの「空洞化」に,強く歯止めをかけるリーダーシップがこれまでになく求められている。
マクロン新大統領はこうした期待に応え,フランスが再びEUの牽引車となるのか注目されよう。
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