世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国「トランプ・シンドローム」の深層:「グローバリズム」と「MAGA」
(桜美林大学 名誉教授)
2025.05.26
最初の100日:大統領選の公約実行=「トランプイズム」旋風の炸裂
2025年1月にトランプ政権がスタートして約4か月が過ぎた。今回所謂「最初の100日」で実施された,国別「大幅な関税見直し」,国際条約・機関からの離脱/資金供給停止,政府機関/職員の大リストラ,記録的な「大統領令」発動数(137本)等に見られる様に,米国及び世界は「トランプイズム」旋風の直撃を受け,予想を超えて激しく振り回されている。
尤も「不法移民の流入」や「(麻薬等)薬物禍問題」といった,喫緊の内政面の課題では,強硬な対策(海外強制送還や国境への軍派遣等)や規制強化が,かなり成果を挙げている。
一方,トランプ政権は「MAGA(Make America Great Again)」を掲げ,前バイデン政権の政策は勿論の事,これまで米国が各国との経済関係で保持してきた種々のコンセンサスを(米国に不利益な場合)抜本的に革める姿勢を打ち出した。しかしながら新たな「関税政策(一律関税適用や追加関税)」や,「政府(内外政府機関)効率化と支出削減」(組織廃止/縮小と人員削減)施策等は,大統領選の「公約」に則ったものであるとはいえ,目標・数値・期限の決定(あるいは変更)等が,強引かつ機械的,一方的で独善的に過ぎるとして,混乱と反発も著しい。
「トランプイズム」の(歴史的)淵源
筆者は2017年の第一次トランプ政権発足時,「型破り」を予想させる政権のスタイルを把握/理解するために,歴代の共和党政権を参考として,以下3つの「補助線」を設定してみた(詳細は拙稿「国際金融」1294号,外国為替貿易研究会2017年3月)。
- 1,「サイレント・マジョリティー」(「法と秩序」重視と目された)からの支持に依拠して,ベトナム戦争に終止符を打ち,「ニクソンショック(変動相場制移行や,輸入課徴金の賦課等)」で世界経済を震撼させ,対ソ連戦略で電撃的に中国との国交樹立をする等,米国の政治・経済的利害優先の路線を,強力にかつ強引に追求・実施した「ニクソン政権(第37代)」
- 2,経済戦略では「小さな政府・民営化/規制緩和」「強い米ドル」「インフレ退治」を主眼とする「レーガノミクス」を主導し,国際政治では対ソ連で強力なリーダーシップを発揮し,冷戦構造の終焉に成功して,米国の復活・復権をもたらした「レーガン政権」(第40代)
- 3,第一次大戦が終わり,それまでウイルソン民主党政権主導「国際主義」がもたらしたグローバルなコミットへの反動が高まり,米国回帰の流れが強まる中で,「America First, Back to Normalcy」を強調して登場した,実業家出身の「ハーディング政権」(第29代)
第二次トランプ政権では,米国の再生/利益回復を最優先する基軸から,国際経済・環境・安全保障見直し(パリ協定/脱炭素政策から離脱,強硬な関税/貿易交渉,対外安全保障関与の縮小等)が強力に追求される等,まさに「ニクソン政権」スタイルが鮮明になっている,と見ることはできよう。また同盟諸国や民主主義各国との国際協調より,米国(=米国民)の利益優先(負担・コストの回避)を追求して,米国がこれまで構築してきたグローバル・コミットメントの見直し/削減(米国が積み上げたソフトパワーを投げ打ち,撤退も辞さない)に突き進む姿勢は,多くのメディアから,新孤立主義(新モンロー主義)的と評価され批判されているが,これは(第一次大戦後ハーディング政権の成立時に見られた様に)「共和党」には伝統的に存在するともいえる,根強い政治思潮・スタンスではあろう。
トランプイズムの特徴
筆者はまた同時に,前掲論稿で,第一次トランプ政権の特徴として,3つの強烈な「第一主義」,即ち(第一順位として)優先される事項/分野/手段として,①「米国第一主義(MAGA)」,②「トランプ氏の岩盤支持層」,③「交渉(ディール)」を指摘したが,この傾向については第2次政権でも全て踏襲されており,かつパワーアップし,より鮮明化している。
一方,第二次トランプ政権では,政治的経験値も上昇するため,対外「戦略性」「柔軟性」が増し「課題解決力」に結びつくのでは? という識者の見方(期待)もあった。
しかし実際は「チーム・トランプ」が同質性を増し,トランプ氏の公約や持論に賛同する政治家/側近で固められ(不協和音はあるが),共和党が上下院を支配していることもあって,トランプ氏のリーダーシップが強化されている。そのため経済政策(関税等)を筆頭に,内政・外交の多くの分野で,大統領府が新機軸を打ち出し,これまで米国が内外に積み上げてきた各種「制度」や「秩序」(或いはコンセンサス)について,「MAGA」の「ふるい」にかけた上で,個別に改廃したり,新機軸を打ち出す勢いで激走を続けている。
過激・急激な政策とその実施への反対や,企業マインド悪化,今後の景気後退への懸念等により,政権支持率は低下傾向をたどっているとはいえ,共和党を中心とする「岩盤支持層」の支持はいまだ底堅い。
次に武器とする「ディール」については,(対ウクライナへの高圧的姿勢が示した様に)交渉の前提に,(米国にとり)「メリット」があるか,取引が可能で前進させられる「カード」を持つか,がカギとなるため,米国が一方的に譲歩を求める同盟国や,立場が弱く(交渉カードも弱い/乏しい)相手には,厳しい(場合によって理不尽な)要求を突きつけている。
これに反して,中国・ロシア等の強力な対抗勢力(中・露側としては,譲歩する必要性もメリットも少ない)に対しては,米国の利害を優先する見地から,(無原則的とも思われる)譲歩や妥協が示される,という展開も垣間見えてきた。こうしたMAGAを掲げる一方で,トランプ政権のスタンスの「フェアネスに欠ける」面への不満や不信も顕在化してきた。
「グローバリズム」という座標軸
筆者は,以前「グローバリゼーション・パラドックス[以下G/P]仮説(D・ロドリック教授,ハーバード大,2013年)に準拠しつつ,先進国のグローバル経済における「政策トリレンマ」についてアプローチを試みた。[G/P]仮説とは単純化すれば,A:経済のグローバル化の加速,B:国家主権の堅持,C:民主主義の追求,という3つの目標が同時には達成できないことから(2つのみが可能),各国・国民は(政治的)選択を問われる(トリレンマに陥る)という内容である。勿論上記A,B,Cの各概念はそれぞれプラットフォーム,歴史・時間軸が異なる。しかし90年代以降3つの軸が相交差する中で,グローバリズム(一体化しつつある世界経済をリードするため,Aを普遍化することでBおよびCを統御していく理念,米国主導の市場(金融)原理主義や,EUの「ルール」による経済統合)がリーマンショック(2008年)や,ギリシャ危機(2010年)で一旦挫折した。その後,国連主導で長期的視点を持つ「SDGs」という理想系グローバリズムが復活し,2020年から米国バイデン政権によって積極的に支援されたが,コロナパンデミックやウクライナ戦争によって事実上行き詰った。
ロシアによる侵略を契機に,Cは無視してAとBを追求する,中・露に対して欧・米・日等の先進民主主義国は,BおよびCを護るため,Aについてはこれを一部制限・停止〔経済制裁の実施やサプライチェーンの変更,デカップリング等〕することを余儀なくされ,世界経済は分断・対立が進行・常態化することとなった。
「MAGA」による,「政策トリレンマ」の強硬突破
筆者は「グローバリズムの変容」(「国際金融」1298号,2017年7月)の中で,先進諸国で上記A,B,Cの目標/命題がそれぞれ要求する政策ベクトルが,どのように方向性が異なりバッティングしているかを,①自国産業(製造業/第一次産業等)の分野,②ヒト(人的資本)の移動をめぐる分野,③セーフティネット(医療介護,社会保障,福祉)分野,④国家財政・税制度分野,⑤労働・雇用市場(国内),⑥イノベーション分野,⑦貿易・投資分野,という7つのエリアについてそれぞれスクリーニングを試みた。
第二次トランプ政権の政策では,①で企業の最適立地生産/グローバルバリューチェ―ンを構築し環境問題やESGを重視するA(グローバル企業群)を厳しくけん制し,自国産業保護(エネルギー分野他テコ入れ),国内空洞化阻止〔国内工場誘致や投資を勧奨〕,長期的には「関税政策」等で米国製造業を再建・活性化し(Bを優先),(ラストベルト化で衰退した)地域社会・コミュニティの回復・発展を展望(岩盤支持層の期待=C)している。
②及び⑤の分野では,グローバルなヒトの移動や流入による(不法移民を含めて)労働力活用等を享受するAのメリットを犠牲にして,自国民(Tax Payer)の権利や地位を最優先して,国境・国籍を遵守(Bを重視),地域/国境での治安・安全性を維持し不法薬物の流入阻止を図る(Cの支持)政策が鮮明となっている。
次に④財政・税制度分野では,政府機関見直し/縮小や予算のカットにより財政赤字縮小に注力する(Bの強化に繋がる)が,一方で弱者保護・格差縮小努力につながる「再分配強化(財源として企業/富裕層への増税)」(Cに資する)には傾斜せずに,大幅な減税策の効果(国民負担の軽減により,消費増→景気浮揚につながる)を期待する。
ただし,想定されるMAGAに起因する米国/グローバル金融市場経済の混乱,「負の波及」(米国株式市場に対する長期的ダメージや,株式・債券・通貨〔米ドル〕のトリプル安の発生,米国からの投資マネー流出等)は,極力これを回避し,迅速に抑え込まなくてはならない,というのがトランプイズムの暗黙の「前提」ともいえるであろう。
第二次トランプ政権は,A:(経済のグローバル化,グローバリズム)が米国の利害を深刻に阻害していると見る場合,これを厳しく抑制制約し,B:(国家主権),C:(民主主義)を優先していく,というスタンスが現状鮮明かつドラスティックではある。しかしながら反グローバリズムでの一貫性がある訳では全くなく,むしろMAGAにより,A,B,Cを支配・統御・再構成していく,といった壮大なグランドデザインを抱えている,ともいえるかもしれない。
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