世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3627
世界経済評論IMPACT No.3627

米国民に「Change」を選択させた「政治(決定)指数」

平田 潤

(桜美林大学 名誉教授)

2024.11.18

大統領選:米国民による「選択」

 2024年11月5日,米国民は312人 vs 226人の予想以上の大差(選挙人ベース)を以てトランプ氏を再び大統領に選び,また総得票数でも20年ぶりに共和党が民主党を上回った。

 更に連邦議会上&下院選挙でも共和党が勝利をおさめた。今回の大統領選では,民主/共和党双方で予備選→本選に至る流れの中で候補者が徐々に絞られるという伝統的なスタイルは見られなかったし,両候補者が対立する争点もかなり固定化・硬直化が目立っており,米国が直面している喫緊な課題に関する,「政策論争」が深まった印象は乏しかった。

 しかし米国主権者は将来に向かって,はっきりと大きな「Change」を選択した訳である。

 州別に「選挙人総取り」する形が主流の大統領選挙の場合,民主(progressive,環境派)/共和(トランプ党?)共に岩盤的な支持基盤が存在し,各州のブルー or レッドステートの固定化が続いている。そこで連邦制下,選挙人の獲得で当落が決まる米国大統領選では,事実上の決め手は,ペンシルバニア州をはじめ所謂「スイングステート」(以下ジョージア,ノースカロライナ,ミシガン,ウィスコンシン,アリゾナ,ネバタ7州)での勝敗である。

 今回は,「7州で大接戦」という大手メディア下馬評を覆し,7州全州でトランプ氏が勝利した。結局そこでスイング(?)した有権者の「政治決定」が勝敗を左右した結果となった。

「スイングステート」における「決め手」

 とすればスイングステートの有権者が何に基き,或いは比重を置いて「政治決定」したのか,「選択」の決め手となった指標=「政治指標」は何か,が重要であろう。

 米国の選挙を考える場合,主要メディア・識者は構造的な「分断」の存在とその固定化/深刻化(極論すればCivil War状態?)を,まず強調する。

 今回の投票行動は,各種予想機関で最後まで「僅差の接戦」が予想されたが,スイングステートの結果では,トランプ氏への支持がむしろ鮮明に現れた。果たして従前の,「人種」「性差・年代層」「学歴」「職種」「地域」「宗教」「イデオロギー」「環境」」「貧困・格差」等を係数(変数)とする,「属性」と「分断」を組込んだ方程式は,今回の結果「Change」の選択を十分に説明することができるのであろうか?

グローバリズムが掲げた「名目値」の高い「政治(決定)指数」

 1990年代に始まったICT革命による,質的進化を伴った「経済のグローバル化」は世界経済に繁栄をもたらし,同時に様々に異質な国家・社会に共通して受け入れられるための「ルール」「スタンダード」を創出していった。同時に経済面での「グローバル・スタンダード」に始まり,「市場(米国)」や「ルール(EU)」,さらには「地球環境(国際機関)」を至上の「原理」と位置付け,各国の政治・経済・社会・環境を規範化していこうとする「グローバリズム(経済的に一体化しつつある世界を,リードする理念)」が,政治原理として急速に世界を席捲し始めた。

 全世界的に(主に国連等国際機関を通じて)「SDGs」「ESG」「グリーンエコノミー」等が課題化され,発信された。人々を動かす「理念」として誰もが抗し難い「平和」「環境・生態系(エコロジー)維持」,「多様性(diversity)」,「持続可能性」等が大きく掲げられた。米国ではとくに「アイデンティティ」「コレクトネス」が重視され,主要メディアの支持を受け強調・増幅された。同時に「人権擁護」,「差別の撤廃(性差別やLGBT差別等)」から「気候変動対策(CO2削減/化石燃料抑制)」,等が欧/米/日で具体化(規範・政策・法制化)され,人々の生活に次第に無視できない影響を与え始めた。つまり主要民主主義国では,グローバリズムを背景に,「Political Justice」を掲げた理念的な政策群が,「政治(決定)指数」として高い「名目値」を獲得し,支配力を高め,強力になっていった,といえよう。

 そして米バイデン政権は,上記のような「名目値」が高い「政治(決定)指数」が特に急増した時代,とみられる(州別では,ブルー・ステートの雄カリフォルニア州が顕著)。

 即ち連邦政府の施策として,「地球環境保護を掲げた産業規制や支援(EV車購入補助)」「(LGBT等)差別を撤廃していく法整備への努力」「(ウクライナ支援を掲げ)民主主義の守護/擁護,侵略/破壊阻止を目的とする巨額の軍事援助,財政支出」,といった具合である。

米国における変化/Changeの背景

 米国/欧州/日本といった民主主義国は,自由な言論や投票に支えられた「自由な政治市場」で,「支持」と「支配」をバーターすると同時に,政治権力を「選択」「変更」できることが,専制体制諸国(中・露他)や政・教未分離国家(イラン他)とは本質的に異なる。

 今回トランプ共和党は,大統領職及び連邦上下院を押さえ,「Change」を強く印象付けた。

 それではバイデン政権の4年間-特に直近2024年の米国(経済)はどうであったろうか?

 同政権は前トランプ政権の「コロナ禍」対処での無策や,様々な政治的混乱に対する是正を期待されていた。そして代表的な経済指標を見る限り,コロナ禍から回復し堅調な経済成長(率),徐々に鈍化したインフレ率(CPI),底堅い雇用統計値/低い失業率,騰勢が続き活況を呈した市場経済(株式,投資)などは,米国経済の強さを示しているといってよい。

 勿論外交面の失政や,リーダーシップ不足(アフガン/ウクライナ/パレスティナ)は重大な失点であろうが,国民生活に最も直結する経済分野において,マクロ的には一応好調とされる統治実績が,(結果的に大統領選挙で)評価されていないとすればそれは何故か? 民主党候補者(ハリス氏)の準備不足・力不足だけが敗因なのか?

 現在後知恵ではあるが,米国民(特にスイングステートの州民)が悩む(あらゆる分野で高騰し,生活を脅かすレベルの)「激しい物価(財/サービス)高」や,バイデン・ハリス政権による「不法移民・難民への無策や弥縫策」「中東問題でのリーダーシップ欠如」など,「政策」及びスタンスへの強い「不満」や,「異議申し立て」が,投票行動を決定付ける大きな「政治(決定)指標」となったのではないか,と推定されている。

「政治指数」の「実質値」と「名目値」との乖離

 富の著しい集中と,中産階級の下方解体が進む米国では,ウクライナ戦争以降の急激なインフレ(都市部の生活費/資産価格の高騰)が,多くの生活者に多大なダメージを与えてきた。一方で好調な米国企業業績・株価の実績は,富裕層への恩恵は大きい一方,中下層の富の集積スピードへの波及は遥かに緩やかである。

 米国の一般的生活者の足元/肌感覚による「政治・経済・社会」の把握は,当然,例えば「物価」とは衣食住価格(家賃やエネルギーコストや,生活必需財/サービス価格)であり,「医療」とは(先端医学の成果や新薬開発等が問われるより)医療機会の増大,日常の利便性や,コストが深刻な問題となろう。

 「Political Justice」の色合いが強い「政治(決定)指数」群については,米国で多くの有権者が生きる生活空間(家庭・職場/仕事・コミュニティ・地域)に対して,直接/間接の手応えや好インパクトが乏しい(感じられない),或いは負の効果が出始める場合,徒らに「名目値」のみが高いだけで,力を失い,失速してしまうリスクを抱えている。

 さらに「名目値」の高い政策が「ポリティカルコレクトネス化」して,実は現実生活の「実質値」を大きく低下させる結果につながるとなれば,「乖離感」は非常に大きくなり,いくら「Political Justice」による「名目度」の高い「政治(決定)指数」に訴えて支持を得ようとしても,主権者の期待・信頼を裏切り,離反される可能性が高い,と思われる。

 現在激しく争点化している「移民問題」で,「移民に寛容な政策」は,一般に「移民国家」米国では支持は得易い(特にヒスパニック層向け)とされ,「政治決定指数」として名目値は高い(産業界にとっても,コストを低く抑えた労働力を簡便に調達できるメリットあり)。

 しかし実際「不法移民」がなし崩し的に流入し,容認され,費用負担が生じ(つまり米国民の税金)がかけられ,米国各州民の身近に居住し,仕事を奪う結果となれば,コミュニティベースの摩擦にとどまらず,「合法移民」にとって強い不公平感が生じてくる。

 こうした事態が亢進すれば,これまでは非白人層を惹きつけてきた,「多様性(diversity)」「グローバル化」の実質値は大きく下落してしまう可能性は高い。

 またウクライナ戦争後に起きた,(ハマスのテロに対する)イスラエルの(自衛の為の)パレスティナ攻撃(ガザ地域での大規模な破壊や殺戮)が,事実上「国際法/秩序の遵守」に目をつぶった「野蛮の衝突」(ジルベール・アシュカル)化していった事で,イスラエルに肩入れ・追認を余儀なくされたバイデン政権/ハリス候補陣営は,(従来民主党の支持基盤とされてきた)米国アラブ系住民から,ウクライナ擁護/ロシア指弾,とは矛盾するという「ダブル・スタンダード性」を非難され,支持を失ってしまった,とみられる。

 名目値の高い「Political Justice」は,公平性(fairness)が慎重に担保されない限り,信頼度・期待値が風化し,実質値は大幅にディスカウントされざるを得ないであろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3627.html)

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