世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4275
世界経済評論IMPACT No.4275

台湾有事の発生を挫くか:もし中国が台湾を攻撃したら

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2026.03.23

 米国のドイツマーシャル財団(GMF)が刊行した『もし中国が台湾を攻撃したら』の「結論」を援用し,紹介する。「結論」を執筆したザック・クーパー(Zack Cooper)は,アメリカン・エンタープライズ研究所の上級研究員で,プリンストン大学の講師でもある。ホワイトハウスおよび国防総省のスタッフとしての職歴を持ち,さまざまな研究機関での経験を有する。なお,本レポートの第4章もクーパーが執筆した。

 本レポートに収められた論文は,中国が台湾に対して軍事作戦を試み,しかもそれが失敗した場合,同国が莫大な代償を払うことになる点を明らかにしている。第1章を執筆したローガン・ライトとチャーリー・ヴェストは,大規模な紛争が中国の経済,さらには世界経済全体をいかに壊滅的な状況に陥れ得るかを説明している。第2章を執筆したジョエル・ウースノウは,中国人民解放軍への影響を分析しており,それは深刻かつ長期に及ぶ可能性が高いと指摘する。さらに,第3章では,中国の経済と軍が台湾海峡をめぐる紛争で深刻な打撃を受けた場合,中国社会の安定にとって極めて危険な結果を招き得ることを,執筆者のシーナ・チェスナット・グレイテンズとジェイク・リナルディが論じている。最後に,第4章と結論ではザック・クーパーが,大規模な紛争による国際的コストが,中国を世界の舞台で数十年後退させかねないことを示唆している。これらは,中国の指導者が軽視すべきではないコストである。

 本レポートの各章では経済的,軍事的,社会的,国際的コストを個別に検討しているものの,これらの相互関係が北京にとっての課題を一層深刻化させ得る点を注目するべきだ。たとえば,国際社会が厳しい制裁を課した場合,中国の経済成長はさらに鈍化する可能性がある。その結果,社会の安定に対する懸念が高まると同時に,紛争終結後に人民解放軍を再建する北京の能力も制約されかねない。

 さらには,大きな軍事的損失は社会不安の懸念を増大させ,その結果。中国の指導部の中央集権化が一層進み,経済開放や国際的関与から後退する方向へ向かわせる可能性もあり,中国共産党および中国国民全体への影響は多大なものとなり得る。習近平国家主席,あるいはその後継者がこうした荒波をどれほど乗り切れるかは深刻な問題となろう。

 それでもなお本レポートは,中国による台湾への軍事作戦が失敗した場合のコストが莫大であるからといって,それだけで北京を抑止できると考えるべきではないとしている。台湾への攻撃抑止は起きている事象,すなわち,「現実」そのものではなく,現実をどのように捉えるかという「認識」に基づいて成立するからである。戦争はしばしば,当事者の実際の能力や決意を白日の下にさらし,指導者の「認識」を「現実」に一致させる。しかし,歴史を振り返れば,誤った「認識」が紛争を招いた例は枚挙にいとまがない。仮に中国が紛争のコストを実際より低く見積もっている場合(誤解している場合),抑止力が過小評価される現実的な危険が存在する。

 理想的には,北京の指導者が台湾をめぐる紛争は極めてリスクが高いと正確に評価すれば,強固な抑止力が成立する。しかし,中国の指導部が軍事衝突のコストを過小評価し,その結果として抑止を軽視する可能性も否定できない。中国の指導部が紛争を開始しやすくなる一方で,想定以上に高いコストが明らかになっても引き下がれなくなるという,まさに危険な結果となる。

 武力行使に伴うリスクが大きいにもかかわらず,抑止が機能しない可能性を懸念すべき理由は多い。その中でも特に可能性が高いものとして,以下の4点が挙げられる。すなわち,①中国の能力を過大評価すること,②外国側の能力や決意を過小評価すること,③エスカレーション回避策への過信に基づくリスク対応能力の課題評価,④軍事行動以外に選択肢がないと誤って認識することである。

 ①の中国の指導部が紛争前に中国人民解放軍の能力を過大評価する可能性について,個人独裁体制では,指導者に悪い知らせを伝えるインセンティブが乏しい。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナ侵攻前に自国軍の能力を過大評価していたのと同様に,習近平氏やその後継者も人民解放軍の実力を見誤った情報を与えられる恐れがある。近年の大規模な軍内部の粛清を踏まえれば,人民解放軍の能力が損なわれている可能性も否定できない。それでも,高級将校が指導者を失望させることを避け,勝利がほぼ確実であるかのような誤った期待の下で行動を進めさせる可能性は残る。人民解放軍は1979年以来,大規模な戦争を経験しておらず,中国の指導部には高強度・高リスクの紛争における軍の実力を判断する十分な根拠がない。

 ②の中国の指導部が台湾,米国,あるいは第三国の能力や関与の意思を過小評価する可能性について,中国国内の専門家や当局者は,台湾をめぐる戦いで北京が勝利すると考える根拠として,利害や地理的条件の非対称性をしばしば挙げる。しかし,中国は初動段階で政治・軍事的なジレンマに直面する。米国や同盟国に対する大規模な攻撃は,米国の参戦を確実にする一方,それを避ければ米国と同盟国が介入する能力を温存することになる。いずれの場合でも,北京は,より結束した米国と同盟国によって,より高い能力を持つ米軍というリスクに直面する。台北,ワシントン,その他の国々は,北京の想定以上に国民を結集させ,人民解放軍の作戦に抵抗する可能性がある。

 ③の習近平氏やその後継者が,成功の可能性は低いものの,作戦コストも低いと判断する可能性については,本レポートでは,特に大規模紛争の場合,この前提が誤りであることを示そうとしてきた。しかし中国の指導部はなお,台湾,米国,同盟国の決意を試すために限定的な「探り」を行う可能性がある。これは,相手の決意を試すために「銃剣で突く」という,ウラジーミル・レーニンに帰せられる格言に沿う行動である。限定的な軍事行動は,人民解放軍の能力,台湾の対応,米国の関与の度合いを試す手段となり得る。また,経済的・軍事的・社会的・国際的コストについて追加的な情報を得る狙いもあるだろう。北京が,紛争開始後に多くのエスカレーション回避の道筋があり,低強度・短期間の紛争であればリスクや長期的コストが管理可能だと考えるほど,台湾におけるレッドラインを試す可能性は高まる。

 ④の中国の指導部が,成功の可能性は低いと認識しつつも,台湾に対する軍事行動以外により良い選択肢がないと判断する可能性について,これは,台湾の指導部が独立へと不可逆的に進んでいると中国が評価した場合に起こり得る。中国の指導部が一定の期限までに「再統一」を進めなければならないと感じる可能性もある。その場合,期限前に軍事行動に踏み切る動機となり得る。いずれの場合でも,容易な勝利を期待せずとも,行動しないことの方がより大きな不利益をもたらすとの恐れから,中国の指導部が軍事作戦を開始する可能性がある。

 紛争抑止を成立させるためには,台北,ワシントン,その他の政策担当者が,中国の軍事行動を撃退できる能力と意思を持ち,失敗した場合のコストが甚大であり,かつ戦争以外により良い選択肢が存在することを北京に示さなければならない。これを紛争勃発前に実行するのは決して容易ではない。しかし,本レポートが示す通り,台湾をめぐる紛争が失敗に終わった場合,その代償は極めて大きいことに中国の指導部はそれを認識し,強く警戒すべきである。

 最後に,筆者の感想を述べることにする。誰でも戦争を喜んで行うことはない。このレポートは中国の最高指導者に「もし台湾を攻撃したら」,経済的損失,軍事的代償,社会的代償,国際的コストなどの側面から論じている。中国の最高指導者が損得勘定を考慮すると「損失」が「利得」よりも遥かに大きいことを示している。損得を考える場合,台湾有事の発生を放棄させることが賢明であることを示唆している。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4275.html)

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