世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.806
世界経済評論IMPACT No.806

トランプ大統領の議会施政演説:「アメリカ第一主義」の揺さぶり

坂本正弘

(日本国際フォーラム 上席研究員)

2017.03.06

1.トランプ大統領は選挙中から,アメリカの利益を最優先する「アメリカ第一主義」を標榜し,世界を揺さぶってきたが,2017年2月28日の米上下両院合同の本会議での初の施政方針演説は,その揺さぶりを更に高めるものだった。出来栄えは,やっと極めて大統領らしくなってきたという評価がある一方,民主党のまばらな拍手は米国内の反対の強さを示す。だが,大統領は,改めて,「アメリカ第一主義」の松明を掲げ,米国が強く,偉大になることで,同盟国にも,反対国にも,アメリカが先導国だと認識させるのが,基本だとする。

2.まず,第一に貿易をやり玉に挙げる。NAFTAの発足以来,米製造業の雇用の1/4を失い,中国のWTO加盟以来,6万の企業の流出を許したとする。他の国が為替操作や補助金,国内税制などで,米国の雇用と企業を奪ったとし,選挙戦中に,メキシコ35%,中国に45%の関税をかけると主張した。WTOルール違反とされたが,3月1日,議会に提出した「大統領2017年通商報告書」は,貿易相手国の不公正措置には通商法301条適用が適切とか,WTOルールに従うことはないという激しさであり,TTP脱退を改めて宣言している。

 第二に,不法移民だが,米国民の職を奪うのみでなく,麻薬や犯罪,テロなどの恐れがあるとし,メキシコ国境への壁を主張し,過激イスラム国からの入国禁止の大統領令は,連邦裁判所から,違憲とされたが,世界を震撼させた。

 第三に,製造業など米企業の国内回帰を促進すべく,法人税の大幅削減や企業活動に不利な規制を廃止する。カナダからの石油パイプラインを引くが,これをアメリカの鉄で作る。すでに多くの自動車企業やインテル,ウォールマートなどが米国での投資と雇用創出を約束している。ニューヨーク株式相場は2万ドルを上回り,3兆ドルの利益をもたらしたとする。

 第四に,米国は中東に6兆ドルの資金を費やしたが,国内のインフラは整備を怠り,崩壊寸前だとして,1兆ドルのインフラ投資を提案している。

 第五に,軍事予算増強だが,2018年度予算は,2017年度(5239億ドル)から540億ドル・約10%の増額を要求している。大統領は1月27日,国防総省に赴き,大統領令を出し,マティス長官は1月31日,省内に3段階の覚書を通達した。第一は,即応性改善の緊急対策,ISIS戦の急展開を,17年度予算に組み込む。第二に,2018年度予算要求に組み入れるべく,即応性の再建,先端能力計画,軍態勢の加速などの要求を,留任のワーク副長官がリードし,5月までにまとめる。第三段階として,高能力の競争者(中国,ロシア)への強い破壊力と広範な脅威への効果的対応を示すべく,2019-23年度の国防計画を企画する。

 米軍の軍事態勢に関しては,強制削減の続く中,戦力の低下,即応性の欠如などが指摘されてきた。トランプ大統領自身は選挙中から,海軍艦艇350隻(現在274隻),即戦対応の戦闘機100機増の1200機,陸軍54万人(47.6万人)などの軍拡を主張してきた。第三の相殺戦略計画推進者のワーク副長官の指揮継続は中露重視の国防計画の継続といえよう。

3.トランプ政権の対外政策にも,アメリカ第一主義は貫かれる。上記,軍事力充実も,米国が強くなることが第一で,大統領は世界を代表すのでなくアメリカを代表するとする。従って,NATOやアジアの同盟国は国防負担を増加すべしとなる。ただし,大統領がNATOや太平洋での同盟を支持し,その効果を明確に認めたことは,マティス国防長官やチラーソン国務長官の影響力の浸透との評価にもなる。

 トランプ大統領は,ロシヤとの関係では,米国内での強い警戒にも関らず,好意的態度を崩していない。しかし,中国に対しては,上記,施政方針演説でも,雇用・貿易問題で強い不満である(米国2016年貿易収支赤字7300億ドル中,中国3400億ドル)が,南シナ海,さらに北朝鮮問題でも厳しい見方である。但し,歴代,財務省は中国に好意的である。また,北朝鮮問題は,6か国協議が典型だが,米中結束のカギだったが,期待外れだったことも事実であり,今後はどうか? 南シナ海では,中国がアセアン諸国の懐柔に成功している。問題は,スカボロー礁の埋め立てに中国が乗り出すかどうかだが,米中関係の緊張は続こう。

4.最後に日本だが,今回の施政方針演説で,「数十年前,激しく戦った敵同士が,今や,最も親しい同盟国である」との指摘だが,2月10−11日の安倍・トランプ会談時の蜜月ぶりが思い出された。安倍首相の積極外交の大成功を意味するが,トランプ大統領には対日本の貿易赤字が刻まれており,同盟国の役割増大への期待が強いことを銘記すべきである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article806.html)

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