世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3517
世界経済評論IMPACT No.3517

中国・三中全会後の危機―深刻な水害

坂本正弘

(日本国際フォーラム 上席研究員)

2024.08.12

新質生産力,科学技術強国と安全保障重視のコミュニケ

 中国共産党第20期三中全会が7月15−18日に開催された。中国は2035年迄に中国の特色ある社会主義制度を整備し,21世紀中葉に社会主義現代化強国を実現する目標を持つが,その基礎として,中華人民共和国成立80周年の2029年までに「改革を全面深化し,中国式現代化を推進する」とのコミュニケを公表した。

 中国式現代化の主要な柱の第一が,「新質生産力」を発展させ,強靭な産業サプライチエーンを整備し,更に,科学技術強国,人材強国を目指すことである。第二に,国家安全保障の重要性を謳い,国防・軍隊の現代化とともに,中国式現代化の基礎だとする。

不動産,地方財政の重点リスクと水害への危機意識

 コミュニケは,最後に,中国式現代化の枠外で,当面,緊急の課題である不動産,地方財政,中小金融機関を重点リスクとしたが,さらに,自然災害,とくに水害に関連し,社会リスクを防止するとした。その上で,これらの諸問題に関し,「世論形成を強化し,外部からのリスクに効果的に対応する」と述べている。不動産,地方財政問題がもたらす,困難の指摘は当然であるが,水害に関する強い危機意識が示されている点が異例といえよう。しかし,治水は中国の歴代王朝にとって最重要な政治課題であり続けた。最近の中国の水害は,毎年,広範に,繰り返されているが,本年は,特に,深刻である。

深刻な,本年の水害

 本年は,例年より早く,4月に,華南が広範な水害に襲われたが,6月,7月は,台風2号,3号の影響で,南部に加え,長江流域での洪水が激しくなり,一部は,北京や黒竜江省にも波及した。長江流域では,重慶地方上流のダムが決壊し,三峡ダムの水位が上昇するなか,ダムの放出量を高めて対応した。華中での降雨が激しくなる中,中国第2位の洞庭湖の堤防が崩壊し,広範な地域が激流にさらされた。YouTubeで見る中国の洪水の状況は,激流が襲い,都市を飲み込み,海のごとく広範である。本年の,被害は四川省,湖南,湖北省,安徽,福建省,広東省,広西自治区などに及び,被害者は数千万人にも及ぶと推察される。

 このような災害に至った原因だが,まず,本年の降雨が異常に長期にわたり,かつ,多量であることがあげられる。異常気象は,中国のみでなく,世界的であり,日本の降雨も多量である。ただし,異常気象の原因であるCO2の排出量でみると,2023年の世界の排出量351億トンのうち,中国は112億トンと圧倒的で,米国46億トン,インド28億トン,日本10億トンを大きく引き離す。その意味では,世界,中国の異常気象には中国自身の影響が甚大である。

中国・ダム管理の弊害

 しかし,昨今の中国の洪水の被害状況の異常さには,中国特有の原因があるのではないか(例えば日本に比較し)。

 まず,指摘されるのは,ダム管理の弊害である。中国は7万8千基と世界最大のダム保有国である(日本は3千基)。ダムは,渇水期には水を供給し,多量の降雨時には,貯水により水害を防ぐとされる。中国の場合,ダム管理は,地方の管理官に委ねられるが,ダム破損の責任回避を重視しすぎるとの批判がある。このため,渇水期には,水はダムにたまるが,放流されず,降雨期には,ダムの破損を恐れて,大量の貯水を放出し,水害を助長するというのである。しかも,中国のダム管理者は放流を予告しないため,被害が多くなるという。長江流域には多くのダムがあるが,これらのダムが同時に放流し,しかも予告なしが多ければ,下流の被害は甚大となる。

 次に,中国には古来降雨を低地や湖に誘導し,被害を緩和するシステムがあったが,近年の開発でそのシステムが損なわれているとの指摘がある。本年の洞庭湖の堤防破損も,周辺開発による洞庭湖の縮減が一因ともされる。また,2023年の,北京近郊のタク州市,覇州市の氾濫は,低地にある習氏執心の雄安市を救うため,河北省の首脳がダムを破壊したためというのは有名な話である。なお,習政権は洪水を吸収するスポンジ都市構想を推進し,多額の財政支出を行っているが,有効ではない。

三峡ダムへの懸念

 三峡ダムは,中国政府が威信をかけて,2009年完成させたダムだ。洪水抑制,電力供給,水運改善を目的としたダムで,貯水池は宜昌市から重慶市迄の660キロ(東京・神戸間の距離を超える)で,膨大な水量を蓄える。中国政府は100年の安全を誇るが,本年の豪雨で,重慶市上流の諸ダムが,放流,崩壊するなか,流入量が増大し,大量の放出を行った結果,長江全体の水位が上昇し,上記のように,洞庭湖の堤防崩壊もある中,三峡ダム自身への懸念も出ている(一万か所の傷の指摘がある。三峡ダムの崩壊時の,長江下流への被害は,中国にとって破滅的である。当初から,そのような事態への懸念は表明されていたが,最近の,豪雨の多発が懸念を深めている)。

習政権の対応

 歴代の政権に比べ,習政権は水害時の対応が不十分との批判もあるが,7月末,湖南省での,「習近平罷免」の横断幕が,スピーカとともに掲げられた。8月に入り,李強首相は湖南省を訪れ,水害対策を指示した。しかし,台風の季節は終わっていない。これからが本番ともいえる。中国の水害問題からは,今後も目が離せない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3517.html)

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