世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.778

米国のTPP離脱と東アジアの経済統合

石川幸一

(亜細亜大学教授,国際貿易投資研究所客員研究員)

2017.01.09

 トランプ次期大統領は,2015年10月22日の「トランプと米国の有権者との契約」および11月21日の「ビデオ声明」でTPP(環太平洋経済連携協定)離脱を明言した。米国と日本が承認しないとTPP第30章6条の規定によりTPPは発効できないため,米国が離脱すればTPPの発効の可能性はなくなる。

 TPPを主導してきたのは米国である。米国は,ブッシュ政権下で2008年3月に環太平洋戦略的経済連携協定(TPSEP:シンガポール,チリ,ブルネイ,ニュージーランドの4カ国のFTAでありP4とも呼ばれる)の投資と金融サービスの交渉に参加した。さらに9月に全分野の交渉を行うことを議会に通告し,12月に豪州,ペルー,ベトナムとの交渉を行うことを通告した。オバマ政権に入ってから,2009年11月にTPP参加を明らかにし12月に議会にTPPメンバー国との交渉を行うことを通告した。

 米国はなぜTPPに参加したのか,をまず再確認しておきたい。米国のTPP参加の狙いは次のようにまとめられる。
①アジア太平洋での通商秩序とルールの確立で米国が主要な役割を果たすことと米国の権益の確保,②中国がルールを書くことへの対抗,③アジアへのリバランス政策の中核と位置づけられる。アジアへのリバランスはブッシュ政権の末期から始まっており,オバマ政権はそれを継承している。アジアへのリバランスへの背景には,言うまでもなく中国の経済および軍事面での台頭と影響力の強化がある。また,アジアの経済統合がASEAN+3あるいはASEAN+6という米国を排除する形で検討が進んでいたことも指摘できる(米国は2006年APEC首脳会合でFTAAP構想を提案したが中長期構想として検討することになった)。

 要するに,成長地域であるアジア太平洋での米国を排除した経済統合ができるのを妨げ,米国が中心となって(とくに中国に対抗して)通商ルールを作り,米国の権益を確保するとともに,米国の輸出とビジネス機会を拡大し,米国での雇用を創出することが米国のTPP参加への狙いだった。従って,TPP離脱は,時計の針を2008年まで巻き戻し,TPP協定に具現化された米国の利益実現のためのベースを壊し,中国がルールを書く可能性を大きくすることを意味する。

 米国の産業界は,自動車,製薬など現在のTPPへの反対を表明している業界はあるが,TPP産業連合(U.S. Business Coalition for TPP)を組織し,TPP交渉を支援するとともに協定に産業界の要望を盛り込むように求めてきた。TPP協定文には,全てではないにせよ,米国産業界の要望が具現化している。

 TPP脱退による米国の逸失利益は,米国の企業と経済のみならず外交や安全保障面でも極めて大きい。そのため,1月20日にTPP離脱宣言を行なったとしても,米国の利益を大きく損なうTPP離脱を共和党主流派や産業界が唯々諾々として認めるとは考えにくく,米国のアジア太平洋通商政策がどうなるかについては不確実な要素が大きいと思われる。日本政府はTPPを国会で承認したが,米国を除く各国にも批准を進めるように働きかけるとともに米国政府,産業界への働きかけを強めるべきである。米国抜きのTPPであっても日本にとって自由化,円滑化,ルール面でのTPPメリットは大きいし,発効後も参加が可能という「生きた協定(living agreement)としての特徴を維持しながら,米国の参加の可能性を残したTPP11についても検討を行なう必要がある。

必要不可欠なRCEP交渉の妥結

 TPP実現の先行きが全く不透明となる中で重要性を増しているのがアジアの経済統合である。なぜなら,TPPに加えTTIP交渉の進展も期待できなくなり,トランプ政権が高関税の導入などを行えば報復措置などにより保護主義の連鎖が起こる恐れがあるからだ。また,東アジアの途上国は自由貿易体制のメリットを活用し,先進国を中心に世界を市場として経済を発展させてきたことから,保護主義の連鎖を見過ごすことはアジアの経済発展にネガティブな影響を与える。従って,東アジアは保護主義の連鎖を防ぐ橋頭堡となるべきである。そのためには,RCEP交渉を2017年の早い時期に妥結させることが必要不可欠になる。

 TPPが発効しなければ,RCEP(東アジア地域包括的経済連携)が東アジアの唯一の広域FTAとなり,世界で唯一のメガFTAになる可能性も大きい。RCEPの日本経済および日本企業にとっての重要性はTPPに劣らない。日本は,RCEPを自由化率が高く,ルール面でもレベルの高い内容にするように交渉を主導することが求められる。しかし,途上国は高いレベルの要求に直ちに対応できない可能性がある。ASEANは時間をかけて段階的に高いレベルの自由化を実現してきた。1993年に開始されたAFTAはASEAN6の域内関税をまず5%以下に引き下げ,2010年に関税を撤廃した。CLMVの関税スケジュールはASEAN6よりも緩やかであり,関税撤廃は2018年1月である。1993年から25年かけて約99%の関税撤廃率というTPPに匹敵する高い自由化を実現することになる。ASEAN中心性を交渉の原則とするRCEPでも高いレベルを目標にしながらこうした柔軟かつ段階的な自由化方式を採用することを考えるべきであろう。

 RCEPが発効し,参加国を増やしていけば,米国企業はアジア市場で貿易転換効果による不利益を被ることになり,米国のTPP参加への国内圧力(内圧)を強めることになる。2017年前半での妥結を目標に交渉を加速することを強く期待したい。

 なお,アジア太平洋での経済統合の現状,課題のレビューと展望およびトランプ・ショックのアジアの経済統合への影響については,世界経済評論IMPACT PLUS「鼎談:アジアの経済統合の行方とトランプ・ショック」で詳細に議論を行なっている。

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