世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.776

イノベーションによる成長とその持続可能性

手島茂樹

(二松學舍大学 教授)

2017.01.09

 1980年以降の約35年間(2015年は暫定値)の主要先進5カ国(日米英独仏)の経済指標を,IMFのWorld Economic Outlook Databaseによってみると,共通の特徴として,実質GDP成長率の漸減とインフレーション(年平均消費者物価指数の増加率)の減少傾向,そして失業率の横ばい又は下げ止まり傾向,がみられる。失業率は,2008年以降の世界金融危機や,1997−1998年のアジア危機(日本の場合),21世紀初頭のITバブルの崩壊(米国の場合)等の影響で実質GDP成長率が大きく落ち込むと上昇し,その後,実質GDP成長率の回復とともに次第に低下し,次の大きな経済の落ち込みで再度,上昇するというパターンを繰り返しているようにみられる。

 2008年の世界金融危機後に限ると,急増した失業率を削減しつつ,実質GDP成長率を上向かせた点で,米・英・独は,一定のマクロ経済上の成果を上げており,日本も,デフレの底を脱却し,失業率を低下させている。

 しかし,昨年の英米におけるBrexitやトランプ・ショックそして近年の日本の消費者心理にみるように,将来の不確実性に関する一般大衆の不安感は確実に存在する。その大きな理由の一つは,「先進国等の多国籍企業が主導する世界経済の動向が,公正な所得配分と資源制約の緩和を達成しつつ,持続可能な成長につながる」という長期展望が,明示されていないためである。そうした長期展望は,先進国にとっても,また,発展途上国・新興国にとっても,一般消費者・労働者等を含むすべての当事者を納得させ,安心させるものでなければならないが,そのためには,強固な理論上の暗黙の前提を再考する必要がある。そうした暗黙の前提とは,

 第一に,多くの理論家が理想とする完全競争市場は,価格メカニズムがその機能を完全に回復するとされる長期においてこそ,有効であるとみなされる。価格メカニズムが完全に機能すれば,当然,生産能力の増加分を吸収する需要の創出も自動的に達成されるため,「長期では,失業問題が解決されたうえで」定常状態(a steady state)に達することになる。そのプロセスが「要素による(一人当たり資本量の増加,すなわち,重化学工業化,による)経済成長である。

 第二に,経済が定常状態にあっても,社会の在り方を変えるような根本的な技術革新(「革新的イノベーション」)が「外生的に」起これば,あるいは,科学技術知識・情報の蓄積等により,技術進歩が内生化されていれば,全要素生産性は大きく増大し,長期の生産関数そのものがシフトして,「新しい」定常状態が生ずる。こうした「新たな定常状態」へのシフトが新しい経済成長を生み出すと考えられる。これが先進国の「イノベーションによる成長」である。

 留意すべきは,「どれほどオープン・イノベーションが進もうとも,革新的イノベーションのコア部分は,市場調達(取引)でなく,企業内においてのみ生ずる」という現実が捨象されている点である。すなわち,「企業は利潤を上げ得る市場にはすべて参入して,標準化された汎用品の価格競争を通じて利潤最大化を達成しつつも,結果的には超過利潤はゼロである」と想定する完全競争市場では,イノベーションを起こすモチベーションが企業にはない。

 一方,ダグラス・ノースが適切に指摘するように,科学技術の知識・情報が蓄積されれば,経済成長がその被説明変数として,自動的に生ずるわけでもない。

 現実には,標準化された汎用品の価格競争を好んで行う企業は少ない。価格競争よりは品質等による差別化競争を志向するのが通常であり,差別化競争の最たるものが,革新的イノベーションによる新市場創出競争である。この結果,創生された一個の新商品が経験するのは,独占供給される新商品が,完全な汎用品となるまでのプロダクト・ライフ・サイクルである。視点を変え,一時点で,経済全体を見れば,新製品の供給独占市場から,汎用品の価格競争市場までの多様な市場(筆者の整理では,主に,市場競争Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ型を行う市場(注))が重層的に並存すると考えられる。各市場の特性および競争の程度により,超過利潤の在り方も,イノベーションの在り方も多様であろう。

 こうした視点から過去35年の先進国経済をみるとき,第一に懸念されるのは先進5カ国の実質成長(「イノベーションによる成長」)が鈍化傾向にあること,特に日本において

 その傾向が顕著であること,第二に,イノベーションの成果の適切な分配のメカニズムが十分に解明されていないため,イノベーションによる成長の持続可能性についての信頼感を持てず,将来の所得及び雇用についての不安感が払拭できないことである。これが内在する一般大衆の不安の根本原因であると考えられる。

  • (注)手島茂樹(2016)「多国籍企業の『機会主義的行動』と『信頼感の醸成』の最適解に向けて」二松學舍大学国際政経論集第22号

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