世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
最適内部留保(ストック)とイノベーションによる最適成長
(二松學舍大学 教授)
2017.04.10
予測不可能なものも含め,様々な不確実性が存在する中で,企業競争力の根幹であるイノベーションを継続的に成功させ,持続的な成長を実現していくためには,企業は,科学技術情報やノウハウを効率的に収集・蓄積して,適切に利用するシステムの構築とその管理運営方法の確立,さらに,そうした情報・ノウハウに基づいて,優れた人材に効果的に能力を発揮させて革新的イノベーションを実現する企業組織の組成が必要である。こうした企業組織を組成し,科学技術情報やノウハウを蓄積しつつ,高度人材を育成・強化して,革新的イノベーション創発能力の保持・増強を図るには膨大な費用が掛かる。更に様々な不確実性や不測のリスクを考慮しつつ,具体的な個々の革新的イノベーション・プロジェクトを実現していくためには,具体的な研究開発投資等実施のための費用が掛かる。これらの費用に必要な資金は内部留保(ストック)として企業内に蓄積される必要がある。
長期には実現が想定される完全競争市場では超過利潤は存在しないが,現実の経済では,革新的イノベーションに成功すれば,差別化商品である新製品の売り上げ,利益を生じ,超過利潤を生み出す。この超過利潤は,上記のイノベーションのための内部留保の追加フローとなるものであり,企業の継続的なイノベーションの実現のためには必要不可欠である。
この内部留保(ストック)は,「長期にわたる,革新的イノベーションの持続的・連続的な創発によって企業の長期的発展を図る」という目的に沿って,適切に配分・支出され,残余分は適切に留保されるべきである。
第一に,当期までの革新的イノベーションの成果への貢献に応じた適切な報酬支払いが,この内部留保(ストック)の中から行われねばならない。
このとき,(オーナー経営者を含む)CEO等企業経営者の貢献が大きい場合もあろうし,研究・開発に直接携わった研究者・技術者の貢献が大きい場合もあろう。また,一般従業員や広義の利害関係者である関連下請け会社,販売先企業,一般消費者の貢献が大きい場合もある。筆者が先に論じた現代の市場競争Ⅰ型(注)におけるポスト・フォーディズム型垂直統合組織(TCM型組織)の場合には,一般従業員や広義の利害関係者の貢献が,他のケースに比べてかなり大きいと考えられる。一方,現代の市場競争Ⅱ型(注)およびⅢ型(注)では,中核部品の開発については(オーナー経営者を含む)CEO等企業経営者の貢献や研究・開発に直接携わった研究者・技術者の貢献が大きいのに対し,製品の標準化に際しての「破壊的イノベーション」の過程では,ソフト・ハード両面で,中核企業以外の開発参加企業の貢献がかなり大きいと考えられる。
上記成功した革新的イノベーションへの適切な報酬に加えて,内部留保(ストック)から支出されるべき第二の項目は,イノベーション創発能力の維持・強化である。そのために,従来以上に,世界中の科学・技術の情報・知識を集積し,それら科学・技術情報・知識を体化し,使いこなす人材を確保・育成し,さらに,新しい潜在的な大規模市場にアクセスするために,世界規模で研究開発拠点を一層展開する必要がある。これら新たな研究開発拠点への支出は新規の具体的な研究開発投資プロジェクトへの支出も含めて決定されねばならない。
内部留保(ストック)から支出されるべき第三の項目は,環境保全にかかわるものである。技術的な制約等によりこれまで社会的な費用とみなされなかった環境負荷の増加分が,技術の進歩により実は,当該企業が負担すべき私的費用であったことが事後的に判明した場合には,速やかに当該企業がこれを負担し,公的財政負担を軽減してマクロ経済の健全性を高める必要がある。そのために必要な資金の積み立ても,内部留保(ストック)のうちから行われる必要がある。
以上の特性を持つ内部留保ストックの適正な額の決定および適正な配分についての客観的数値基準はないため,こうした適正額の決定と適正配分は容易ではない。しかし,この適正さが確保されないと,イノベーションによる持続的な最適成長は保てないし,最終的には,消費不足と所得縮小の悪循環や慢性的な財政赤字の累積と財政支出乗数の低下等の深刻なマクロ経済上の問題を引き起こし,結局は,企業の競争力そのものを損なう。
企業統治上の種々の課題はあるにしても,イノベーションによる最適成長を目指して,イノベーションのための内部留保ストックの最適な保持と運用についての努力が最大限に行われるべきである。
(注)手島茂樹(2016)「多国籍企業の「機会主義的行動」と「信頼感の醸成」の最適解に向けて」二松學舍大学国際政経論集第22号
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