世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.737

デンマークの2025年計画に学ぶ

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2016.10.17

◆デンマークの2025年マスター計画

 デンマーク政府は,2016年8月に「デンマーク経済を強化するためのマスター計画(Helhedsplan – for et stærkere Danmark)」を公表した。筆者は偶然8月末から9月初頭にデンマークに滞在していたが,ニュース番組では2025年計画で持ち切りだった(残念ながら筆者はデンマーク語が理解できないが)。本稿では,デンマークの2025年計画の概要とポイントを紹介する。

 計画では,労働所得の増加,企業間の競争促進,退職年齢の引き上げ,社会保障と安全保障の基金設立,難民流入数の管理,教育と奨学金制度改革,老後資金のための貯蓄促進,の7つの優先分野が設定されている。

1.労働所得の増加

 所得税の減税を通じて,可処分所得を増やして人々の生活を向上させる。減税の対象は年収100万デンマーククローネ(DKK)以下(約1500万円)の人々で,所得によって減税幅は異なるものの,おおむね4.5%ほどの減税になる。所得が非常に低い人の減税幅は大きくなり,ホームレスが新たに就労する場合は所得税が免税される。

2.企業間の競争促進

 デンマーク企業の競争力を高めるため,新規企業への優遇税制,新規企業または小企業への投資家やR&D投資に対する控除枠の増額,デジタル化の推進,270億DKK(約4050億円)のインフラ公共投資などを行う。この項目には,企業や家計のコスト削減のために電気,水,暖房などの効率化,PSO税と呼ばれる再生可能エネルギー普及のための税の低減も含まれている。

3.退職年齢の引き上げ

 2025年に退職年齢を67歳から67.5歳に引き上げ,早期退職年齢も2021年より63歳から63.5歳に引き上げる。退職年齢は,平均的な年金生活が14.5年になるように調整される。

4.社会保障と安全保障の基金設立

 2025年にかけて,社会保障と安全保障のための支出を毎年0.5%ずつ増やす。健康,介護などの社会保障のための年10億DKK(約150億円)の基金,国防や警察などのための年8億DKK(約120億円)の基金,デンマークの競争力を高めるための年10億DKK(約150億円)の基金を設立する。3つ目の基金は,奨学制度,職業訓練,生涯学習,デジタル化への対応などに利用される予定である。

5.難民流入数の管理

 2000年代は年間5100人であった難民申請者は,2014年には14800人,2015年には21300人と大幅に増えている。難民をどれくらい受け入れるかは明示していないが,年間10000人は多すぎるとしている。難民流入数を管理するため国境での難民申請の拒否や不法滞在者の強制送還を進めていく。また,難民として受け入れた人々も就労により生活を維持していくことを促し,安易な社会保障の利用を制限する。

6.教育と奨学金制度改革

 高等教育において教育と就職との連携を高める。半数以上の学生が奨学金や無金利ローンにアクセスできるように財政的措置を取る目標があるが,大学の教育はより学生の就職に重きが置かれるように改革が進められ,8000−10000人分のインターンシップを用意する。

7.老後資金のための貯蓄促進

 寿命が長くなった現在では公的・民間の年金だけでは不足がちであるため,強制的な年金積立制度を整備する。年金の積み立てに対する所得控除などを通じて,人々が老後のための貯蓄を増やすように促す。

◆デンマークの改革の特徴

 これらの改革には日本が学ぶべき点もある。日本は社会保険料の増額などで人々の可処分所得を減らす一方で,公的扶助を増やそうとしている。デンマークの発想は逆で,生活費は働いて自分で稼ぐべしという考え方のもと,可処分所得を増やすことで労働意欲の増加を狙っている。労働することは社会的疎外を防ぐことでもある。労働への課税を低減させる政策は,EUが加盟国に要求している政策でもあり,就労による可処分所得の増加が消費を増やし経済を活性化させるシナリオを描いている。減税の対象は高所得にまで及んでいることも見逃せない。日本では高所得者の労働インセンティブを失わせる政策が採られているが,それは生産性の低下や経済の低迷につながる。

 デンマークは社会保障への支出増加をできるだけ抑えようとしている。政府支出の伸びを名目GDPの伸びよりも小さく抑えることができれば,財政が悪化することはない。支出項目にはガン対策もあり,人々がより健康になることで社会保障費の増加を抑えようともしている。加えて,自助努力による老後資金形成も財政負担を減らす役割を果たす。日本もDCやNISAの改革やさらなる老後資金政策が必要であろう。

 教育制度の改革も,大学の教育と卒業後の就職との接続を強化することでデンマーク経済の強化を目的としている。教育改革を何のために行うのか,目的を持った改革でなければ具体的な政策も学力の向上も見込めないだろう。

◆日本が根本的に誤っていること

 デンマークと日本の最大の違いは,財政赤字の削減を指向していることだ。経済成長には財政赤字の削減が必要だということはヨーロッパでは共通認識になりつつある。その最たる例はドイツである。日本は財政赤字を増やすことで経済成長を促そうとしているが,そもそもの方向性が誤っているため,長年にわたって経済が停滞から抜け出せていない。民間経済を強化して政府依存を減らすことが,経済の競争力を高めて経済成長を達成する唯一の道なのである。

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