世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本の国のかたち(その2)
((株)ベイサンド・ジャパン 代表取締役)
2016.09.26
奔馬と御者
アメリカ国家の目指す産業・通商国家はそのままでは暴走,暴発する恐れがあるので,そのドライブを制御する仕組みを持つことが重要である。これをコンセプトとして「奔馬と御者」という言葉で表現している。新しい強力なイノべーションはその時点での法律に反するように見えることがあるが,これを殺さないで,新しい社会を創るという形でこれをサポートする。日本は制度に合わないものは直ちに排斥するので大きなイノべーションができない。荒馬を旨く御することである。
産業を発展させるためにイノべーションを興させ,特許制度により新しい発明,開発を促進する。企業活動をするには資本が必要であるので,国民から資本を集めるために証券,株式市場を設ける。株式市場は詐欺的行為が横行するので,国民が安心して資本を投資できるように,情報の公開,詐欺的犯罪を排除するための監視管理機構をつくる。
新しいイノべーションはしばしばこれまでの社会規則,制度と矛盾することがある。そのとき新しいビジネスはしばしば詐欺的行為,犯罪行為とみなされることがあるが,それが本物であれば社会規則・制度を変更して,経済社会は進むことになる。そしていろいろのイノべーションが,本物のイノべーションか否かを判定する判例・ノーハウを国家的に蓄積し,それを管理し,国全体としてのイノべーションの促進をはかる。これが軍事力よりも大きな「国力」ということになる。
産業・通商拡大エンジンの制御装置
その制御の仕組みはこうして創りあげられた。1929年の大恐慌のときにいろいろの不正行為があったことが分かり,それが経済・株式の暴走をもたらし,その株式の大暴落で膨大な国民の富が失われた。その不正の手口を徹底的に調査するために1932年ニューヨーク州検事のフェルナンド・ペコラを委員長とする「ペコラ委員会」ができ,徹底的に調査究明した。その調査の結果が「ペコラ委員会レポート」としてまとめられた。いろいろの詐欺師,犯罪者の手口が克明に記され,これを基に不正や詐欺的行為を摘発・排除し,経済の混乱を防ぐものである。
それを基に1934年にジョセフ・ケネディを委員長とする「証券取引委員会」(SEC)が設立され,同時に法的基盤として,公益,通商,国の信用崩壊を防ぐために証券規制としての「証券取引所法」を制定した。この法の10b-5では,詐欺的行為か否かを判定する厳しいルールがある。
こうした仕組みで,産業・通商のエンジンをドライブし,そして制御できるようなものにした。そのほか「投資契約」で本当の付加価値を創造する事業でなければならないとする判例や,イノべーションを促進するための「セーフハーバー」コンセプトを確立した。(新しい商品を開発して市場に出したが,社会的に受け入れられないと分かった時点で,その商品の販売を中止すれば,それ以前の商品についての罪は問わない)。
そしてFTC(連邦取引委員会)が反トラスト法および消費者保護を担当している。その上で,詐欺的行為に対する処置に対して,「差し止め命令」(Injunction),湾岸警備隊,FBIを含めた強力な強制執行力(Enforcement)を持っている。
詐欺的行為,アンフェアー,アブユースをやってはならない。これをやると国家が滅びると考えている。詐欺的行為,相場操作的行為,信用規制異次元金融緩和,マイナス金利もアブユースに入り,これをやり過ぎると国家が破綻すると考え,これを禁じている。また資本主義経済社会で生産される商品を買ってくれる国民中間層を貧困化すると国家が破綻することも知っている。これは大変重要なことで,残念ながら日本の国はここまで厳格に考えていない。
その意味で,アメリカには,産業・通商国家をドライブするうえでの制御の「グリップ」,「秤」,「計器」がある。それぞれある範囲があり,特別な国家緊急時以外ではその範囲を超えてはならないという「戒律」がある。アメリカは国家の公益規制のための秤,メーターを持っているので,何かの事情でそれを逸脱したとき,元に戻す力とそのメーターを持っている。
だからアメリカのFRBは金融緩和行き過ぎと失業率の動きには極めて注意して動いている。FRBのイエレン議長も自分の「計器」をもっているようである。
日本は能天気に,サプライズの異次元金融緩和,マイナス金利をやっているが,そこには超えてはならない範囲,戒律があるのだ。黒田氏は「そんな制御の基準などなく,なんでもやる」と言っているが,そうであってはならない。
こうしてアメリカは,1945年から1980年ころまで近代の資本主義経済社会として最も発展した「アメリカの黄金時代」を築いた。このアメリカ国民の繁栄,アメリカ産業の発展を見て,世界の人が「アメリカン・ドリーム」として憧れるようになった。それは,言うまでもなく,開明的な政治家,イノべ―ティブな産業人,公民権活動家,消費者活動家などが同じ目標に向かって努力したことの結果である。アメリカに渡り,1776年に「独立宣言」をしたその念願がやっと達せられたということである。
アメリカの「制御装置グリップ」の改悪
アメリカは20世紀にはいりイギリスに代わり覇権の座を握ったのであるが,それを名実ともに確実にしたのは第二次世界大戦後であった。戦争による産業,インフラの破壊,疲弊で多くの国ではGDPが減少し,戦勝国のアメリカは世界のGDPの半分に近いものになった。そのアメリカの国力でもってマーシャルプランで世界の国の経済復興を助けた。アメリカは戦後日本をせいぜい農業国程度の経済力に封じ込める積りであったが,朝鮮戦争以降ソ連共産主義国との冷戦構造が進み,共産圏への極東の砦として日本に経済力をつけさせることにした。アメリカは,産業の商品,生産技術を含めて,日本をいろいろと教え,援助した。その結果日本は「経済復興,アメリカへのキャッチアップ戦略」で経済を拡大し,そして「所得倍増計画」を掲げて1960年から1980年にかけて日本は「奇跡的な経済発展」を遂げた。そして1968年には日本は西ドイツを抜いてGNPで世界第二の経済大国になってしまった。そしてあろうことか,アメリカの電機産業,機械産業のいくつかが市場から日本により撤退させられてしまったのだ。これにアメリカは大変な危機感をもった。飼い犬に手を噛まれ,折角世界の覇権の座に着いたのも束の間で,アメリカが沈没してしまうことなどあってはならないと,アメリカは日本に逆襲し始めた。同時に,金融資本で世界の富を収奪すると決意した。
ここで出てきたのが,1971年の「ルイス・パウエル・メモ」の檄である。弁護士出身ですぐ最高裁の要職についたパウエルが産業界にたいして,Attack on American Free Enterprise System と題して,「思慮ある人なら誰でも,アメリカの経済システムが襲われ,破壊されていることを疑うものはいない。あらゆるところでそれが起こっている。アメリカのシステムに反抗するもの,社会主義か国家統制主義(共産主義かファッシズム)を好むものによって,破壊されつつある。反対者の中には,あたかも健全で,建設的な批判者もいる。我々が恐れているのは,過激なものや,一部の社会主義者ではない。もっともらしい建設的な批判者が,アメリカの企業システムを着々と弱体化していることであり,そしてある時突然彼らがアメリカ・システムを破壊しようとするものである」という檄を飛ばした。
経済社会の拮抗力である労働組合の活動を制限して,弱体化し,リストラをして賃金を下げやすい道を作り,社会福祉を少しずつ剥ぎ取りはじめた。その理論武装はミルトン・フリードマンの新自由主義論であった。彼は「企業は利益を上げることが使命で,そうすれば経済は旨く回り,企業は社会に奉仕する責任などない」と言った。
アメリカは1985年ころからアメリカのヘゲモニーを「軍事力」から「情報力・金融資本力」にシフトさせ,1993年にアメリカは秘密裏の「ハーバード会議」を開き,それを確認している。とくに2000年以降アメリカは金融資本で世界の富を収奪するという動きをしてきた。しかしカネでカネを買うのでは世界の富としての新しい付加価値は生まない。収奪するところが無くなるとそれ自体が崩壊することになる。(つづきは,その3へ)
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