世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3689
世界経済評論IMPACT No.3689

トランプとマスクが創ろうとするアメリカとは

三輪晴治

(アトモセンス・ジャパン社 社長)

2025.01.13

 2024年11月5日の米大統領選挙の結果,ドナルド・トランプは来る1月20日に正式に第47代アメリカ大統領に就任する。トランプは「アメリカの国を,根本的に変え,新しいアメリカ国家を国民国家として作り直す」と言っている。アメリカは建国以来「国民国家」になったことはない。これまでアメリカは“Deep State”のための国家であった。トランプはアメリカをはじめて「国民国家」に変えようとしているのである。そしてトランプは「戦争を起こさせないことがアメリカの最大の国益だ」とも言っている。イーロン・マスク,DJバンス,ロバート・ケネディJrのような人を上手く起用し意見を取り入れる姿には以前のような独裁者の面影はない。

「トランプ革命」でどのような世界を創ろうとしているのか

 トランプが「トランプ革命」と称する政策には次のようなものがある。

 (1)アメリカからDeep Stateを一掃する。

 (2)戦争をしない。NATOは役目を終えたとみている。ウクライナ支援,イスラエル支援を止め,戦争を止めさせる。

 (3)領土拡大を進める中国共産党組織を世界から排除する。

 (4)イデオロギーであるLGBTを中止し,マイノリティ主義を廃止する。教育制度を変え,アメリカ本来の家族制度を取り戻す。

 (5)脱炭素主義から脱却する。気候変動の真の原因を突き詰める。地球温暖化・気候変動のエネルギーコストを下げるためにシェールガスを大々的に掘削する。

 (6)生物兵器とそれに関連したワクチンの製造を中止する。アンソニー・ファウチを訴追する。

 (7)良い職場を増加させるため産業を発展させ製造産業を海外から呼び戻す。産業にイノベーションを興す。

 (8)移民・不法移民の流入を止め,在米の不法移民を排出する。

 (9)賃金の上昇・国民所得を増大し,国民生活を豊かにする。

 (10)関税を使い弱い産業を保護しながら,アメリカのものづくり産業を強化する。イノベーションで魅力ある商品を開発し続けるようにする。

 (11)FRBをDeep Stateの手からから奪還し,通貨発行権と通貨発行益をアメリカ政府のものにする。これを通じてDeep Stateの分子が住み着けないような組織をつくる。

更にトランプは以下のような新しい政策を付け加えた。

 (12)関税収益で「米政府ファンド」を創設する。その運用で利益を上げ,政府予算をまかない,国民の所得税を減税する。

 (13)インフレに強い資産「仮想通貨(ビットコイン)」の創設。FRB(連邦準備制度)からのDeep Stateによる金の支配力を排除し国民のための通貨を作る。

 またトランプは,Deep State が所有するFRBを解体し,アメリカ国家の中央銀行を設立しビットコインはその中央銀行に移行するための手段としている。

 (14)「政府効率化省(Department of Government Efficiency)」の創設。現政府の428の政府機関は「二重行政」であり政府の仕事を混乱させている。これを99の機関に絞る。トランプは,イーロン・マスクを起用しこれに当たらせ,2兆ドル以上の政府支出を節約しようとしている。またこれを通じ影の政府であるDeep Stateを完全に解体する。

 (15)「所得税廃止論」。1763年の建国以来,アメリカ国家にはもともと国民に対する「所得税」はなかった。働くことは国民の喜びで,それでアメリカ経済は繁栄したのである。特に1880年から1890年はアメリカで製造業が拡大し,「アメリカの黄金時代」であった。つまりアメリカは,建国以来1913年まで所得税とは無縁で「ものづくり産業」を促進し国民の生活を豊かにしてきた。

トランプ革命の実行性は?

 上記のトランプの政策を調和的に実行することは決して容易なことではない。トランプ自身も目標どおりになるかわからない筈である。そして突然実業家のイーロン・マスクがトランプの新しい国造りに重要な役割を担って入ってきた。しかし二人の考えが全く同じとも考えられない。

 イーロン・マスクの事業であるテスラ・モーターの本格的な自動運転システムの推進,スペースX社のロケット事業や「スターリンク」,またソーシャルメディアのX社のコミュニケーション・システムはいずれもアメリカ連邦政府,州政府と密接な連携が欠かせない。つまりイーロン・マスクの事業はアメリカ政府の政策に密接に関係しているのである。

 したがって彼がトランプ政権に加わることは,彼のビジネスがアメリカ政府との間で「利益相反」「利益誘導」を起こす可能性がある。つまり彼のビジネスは良くも悪くも政府から何らかの便宜を受けることになる。

 トランプとイーロン・マスクは真面目に「アメリカ国家を強くし,アメリカ国民を豊かにしよう」とするであろうが,トランプの政策を実行するなかで,様々な軋轢が起こり,今より悪い国際関係になってしまう恐れがある。トランプ革命の目的の一つは,自国アメリカを経済的も強い国にする「アメリカ・ファースト」であり,基本的には他国に介入することはしない。しかし,アメリカの経済力を強くする過程では,ライセンス契約に基づき外国で作ってきた製造業を強引にアメリカへ償還することも起こりうる。また。現在のアメリカは他国からの借金で経済を回しているがトランプは自力で経済を回わせるアメリカにすると言っている。その過程でアメリカに金を貸して儲けていた国は打撃を受ける。

 最近トランプは,アメリカの国際関係で色々な発言をしている。一つは「パナマ運河」である。トランプは2024年10月22日,西部アリゾナ州での保守系団体の集会で演説し,太平洋と大西洋を結ぶ交通の要衝パナマ運河について,米国の軍艦や民間船舶が徴収されている通航料が「とても不公平」だと不満を示した。米国が過去に運河を管理していた歴史に触れ,是正されなければ管理権の「返還を要求する」と述べた。トランプは最終的にはパナマ運河をアメリカの所有としたいと言っている。トランプはアメリカ船舶には安い料金にし,中国の船舶には高くしてくれとも言っている。

 もう一つはデンマークが所有する「グリーンランド」である。かつてアメリカがアラスカを買収したように,トランプはグリーランドを買収したいと言っている。グリーンランドには豊富なレアアース鉱石が埋蔵されており,今まで中国がウイグル地区にもつレアアースが世界市場を席捲してきた。トランプは中国を封じ込めるためにもグリーンランドを買収しようとしている。他方,買収の目的にはロシアの封じ込めの意味もある。ロシアが北極圏を支配すると地政学的にアメリカは大変不利になる。これもトランプの「アメリカ・ファースト」の戦略の一つだが,これはアメリカと中国・ロシアの紛争に発展する可能性がある。

 トランプ革命で新しいアメリカ国家と調和の取れた国際社会を創るには新しい「理念」が必要になるが,このことをトランプとイーロン・マスクはかなりまえから話し合ってきたようであある。イーロン・マスクは「日本の歴史・文化」にそのヒントがあると考えている。

イーロン・マスクの「メッセージ」

 イーロン・マスクは,2024年11月21日,自身のXに日本語で「侘び寂び」とポストした。トランプもこれに呼応し「イーロン・マスクのメッセージは大事なことだ」とし,日本語で「侘び寂び」とポストした。

 イーロン・マスクが語る「侘び寂び」は,彼自身が進めるテクノロジーの世界でも,常に新しいものが生まれ,旧いものが消えゆくその過程に対する共感が含まれているのかもしれない。つまり,これはイーロン・マスクが,彼のビジネスとこれからトランプ革命で新しいアメリカを創る上での「ものの考え方」を自分自身に投げかけたものであろう。イーロン・マスクは高野山で修行をしたことがあり,自分の部屋に「真言密教」の「五鈷杵」を飾っている。イーロン・マスクは「真言宗」「真言密教」「密教の曼荼羅」を信じているようだ。アップルのスティーブ・ジョブズも日本文化・禅の精神に憧れ,曹洞宗の僧侶を師と仰いでいた。そしてスティーブ・ジョブズはその日本文化を彼のビジネスにおける製品の中に刷り込んだ。

 イーロン・マスクは,彼自身の会社「テスラ・モーター」や「スペースX」で,1980年代の日本企業が長期的視野による「顧客,社員,株主に対して三方よしの理念」で仕事をしていることに感銘し,その考えを自分の企業にも取り入れた。イーロン・マスクは「そんな意味で,日本がなければ今の私は存立しなかった」と言っている。

 イーロン・マスクは,SNSで「日本精神」「日本的美意識・侘び寂び」「八紘一宇の精神」で新しい「アメリカ国家」,「アメリカ国民国家」を創ると言っている。

 「侘び寂び」というのは,豪華なものの対岸にある美意識であり,華やかな時代にこそ,浮かび上がるものである。現代でもより快適で高度な社会を実現しようとする人々がいる一方で,質素で素朴な暮らしに立ち戻ろうとする人々もいる。どちらかに優劣があるということではなく,両者は光と影のような存在であり,そうだとすれば,国際社会が成熟すればするほどに,この「侘び寂び」という美意識は求められていくものとなる。

 こうした日本とその文化・伝統をイーロン・マスクは,これから新しいアメリカと世界を創ろうとするための理念にしようとしている。

ドナルド・トランプという人物

 ヘンリー・キッシンジャーは「トランプは,自分でアメリカをどういう国にしようかと深く考えたことはない。しかし歴史の転換期には,こうした人が現れる。フランス革命の主導者であったロベスピエールのように,あまり賢者ではない人が大きな政治的な仕事をするものだ。トランプはそんな男である」と言った。トランプは,非合理的なものを合理的なものに変えるという強い意志を持ち,それをやり遂げる男である。

 トランプはジョージ・ワシントン大統領の戦略を踏襲しているという。ワシントン大統領は他国との同盟関係を持たない方が良いとして,中立主義・孤立主義を取ってきた。中立主義は,国の行動の自由を保ってきた。トランプは様々な決定を即座にするが,それは中立主義の立場で思考し実行することに拠ったものだからだ。

 今般トランプは国務長官,国防長官,国家安全保障局長には素人を任命しているが次官には専門家であるコルビーエルブリッジを任命している。トランプは大局的にものを考えており,鋭い第六感でものごとを決め実行するという。トランプは,相手の懐に直接入り込むが「和して同ぜず」であり,「同じて和せず」ではない。トランプは,論語で言う「君子」である。

 これからトランプの率いるアメリカは,Deep Stateを押さえつけて,国民国家として国民生活を豊かにするとしている。ロシア,中国,北朝鮮を含めたグローバルサウス諸国もアメリカと対等な国際関係を構築しようとしている。衰退してきたイギリス,フランス,ドイツも新しい政権になり,アメリカと対等な国際関係を築こうとしている。そんな中日本だけが,ロシア,中国,北朝鮮を敵にして,「アメリカの属国」という暗い道を彷徨っている。石破政権は中国詣でをしているが,中国の習近平は話を聞いてやるふりをしているだけだ。アメリカは,日米安全保障条約以前に日本をアメリカのためのATMと考えているだけだ。

日本国民の覚醒

 ワシントンに住むあるアメリカ人は「この30年間国際問題で日本人は卑怯で,臆病な人間になった。日本人は武士道の精神を失ったのだろうか」と言っている。これは日本の政治家がいつもアメリカを頼りにして,アメリカの言う通りに動いてきたことを問題にしているのである。つまり「日本人は独立心がなくなり,つねに怯えている」というのだ。

 他人の提言やイデオロギーを基に行動するのではなく,事実を基にして自分の頭で考え,行動する。そして他人の考え・意見を,全面否定するのではなく,よく聴くことが必要である。色々の違った考え・意見の中から「より良いもの」,「より確からしいもの」を見極めて日本という共同体社会を前に進めまければならない。これがこれからの世界である。このものの考え方は日本の伝統・文化でもある。日本が本当に独立した国民国家になるためには,そして日本国民を豊かにするためには,日本の伝統・文化,日本精神,武士道の精神,自然道を日本国民の意識の中に取り戻さなければならない。つまり日本国民は「覚醒」する必要がある。そしてわれわれ日本人は,アメリカのトランプがこれから始める「Deep Stateを抑えて新しいアメリカ国家を創りあげる」行為を,良質なものか否かを見極めなければならない。トランプによりDeep Stateを抑えてもらうと,日本の社会は良くなるのだから。

 イーロン・マスクやドナルド・トランプはこうした新しいアメリカを創るために,この日本の伝統・文化を追求しようとしているのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3689.html)

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