世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.713

世界経済の新しいうねり(その3)

三輪晴治

((株)ベイサンド・ジャパン 代表取締役)

2016.09.12

金融政策,財政政策の限界

 もはやこれまでの金融政策,異次元の金融緩和,マイナス金利は効かないし,金融政策だけでは蘇生しないほど世界経済の基本体質が悪化してきたのだ。世界的に過剰生産,財政破綻,所得大格差,家計の過剰負債,消費停滞,企業の債務デフレが起きている。

 あらゆるところで産業のイノベーションを興し,それがひたひたとした動きをする中でのみ,信用創造と金融政策が効果的な作用を果たすのだ。異次元の金融緩和という危篤状態の気付け薬,覚醒剤と真面な産業政策に基づく金融政策とは基本的に違うものだ。覚醒剤,カンフル注射はそんなに長く続けるものではないし,これが過剰になると,劇薬の副作用で,経済自体を破壊することになる。今日の世界経済の状態では,金融政策,財政政策は「政策飽和」に陥っていることを自覚しなければならない。

 日本は1985年のプラザ合意による円高不況をイノベーションではなく,金融政策で乗り切ろうとしたが破綻してしまった。しかしそれに懲りず現在も異次元の金融緩和で対処しようとしており,不毛な努力をしている。

 これまでの経験から,「財政投資」も真の産業を振興するもの以外は,経済を再生させることにはならず,これが殆どの国の財政赤字,財政破綻をもたらした。これまでの「相関関係的なマクロ経済学」では手におえなくなってきたのだ。

 日銀の黒田氏に同情していえば,政府が「成長戦略」を進める前提で,異次元の金融緩和をしたのだが,肝心の「成長戦略」「構造改革」が抜けており,梯子を外されたということであろうか。つまり「政策飽和」である。金融緩和,財政投資はもはやいくらやっても効果がない。むしろ弊害がある。

 つまり真の「成長戦略」「構造改革」を実行し,新しい産業を創造し,新しい職場を拡大することである。

資本主義経済と倫理

 アダム・スミスは『国富論』で,資本主義が成長するには,個々人が自分の利益のみを追求していけば,自ずと調和のとれた豊な経済社会が到来すると述べている。パン屋は慈悲の心で他人の飢えを救うためにパンを造るのではなく,自分の利益を上げるためにパンを造るべきだと言った。そしてこの資本主義経済社会は「分業」により成り立つものであり,ロビンソー・クルーソのような自給自足では存立しない経済制度である。「分業」とは「他人が買ってくれるであろう商品」を造り,他人に買ってもらい自分の「利益を上げる」のである。これが社会全体の調和をもたらすのであり,これを「神の見えざる手」であるとした。

 しかしそこには一つの大きな前提があった。分業における「造る人」と「買う人」の間に「信頼関係」が存在することが前提となり,それが無ければ「分業システム」は成立しないものである。それは,資本主義経済の「利己の利益追求」と対になるべき「倫理,道徳」である。特に現在のような高度な知識社会になり,「情報の非対称性」による,供給側としての「専門家」と消費側としての「非専門家」とは知識・情報において格段の差があるために,そこに「信頼関係」がなければ経済行為は存立しえない。信頼関係とは「倫理」「道徳」である。スミスは『国富論』の前にその前提になる『道徳感情論』を著していたことは誰でも知っていることである。

 ところが今日の世界経済が,大所得格差による国民中間層の疲弊,長期経済停滞という様相に陥ってしまったのは,資本主義経済の基本構造である「経済利己心と倫理」の重要な要素としての「倫理」が,アメリカで1975年ころから人為的に外されてきたためである。

 1980年以降,倫理,道徳をかなぐり捨てた事件が続出している。ワールドコム事件,エンロン事件,日本の食品偽装事件,VWの排ガス事件,三菱自動車の燃費事件,東芝粉飾事件,スイス・バークレイズ銀行事件,FIFA汚職事件,旭化成抗打工事事件,パナマ・レーポートで明るみにでた租税回避などなどと企業の不正・犯罪が続出しており,これは他人の富の収奪になり,これらが経済格差,所得格差を増幅してきたのである。つまり,資本主義経済活動から企業倫理,道徳がかき消されたのである。これらは行き過ぎたグローバリゼーションの嵐の残骸でもある。(つづきは,その4へ)

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