世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界経済の新しいうねり(その1)
((株)ベイサンド・ジャパン 代表取締役)
2016.09.05
世界の新しいうねり
キャメロン首相が「イギリスのEU離脱などある筈がない,皆さん冷静に考えよう」と国民投票をしてそれを示そうとしたが,とんでもない結果になった。投票の結果EU離脱となり,メイ氏が突然イギリスの首相になった。そのメイ氏は就任演説で,「行き過ぎた資本主義を見直すと同時に,格差を解消し既得権益と戦う」ことを宣言した。「貧困層地域の寿命の短さや学歴の低さ,性別や民族による差別,勤労層が抱く雇用や所得への不安がある」と指摘し,「新政権は,一握りの恵まれた人の機会だけを守り続けはしない」と述べた。言ってみればサッチャーの新自由主義に終止符をうち,新しい経済社会の仕組みを創ろうということである。
アメリカの大統領選挙キャンペーンのなかで,サンダースに影響されたとはいえ,ヒラリー・クリントンはこう言っている。「アメリカが何に直面しているかははっきりしている。総ての人が良い給料の仕事につける経済をつくりあげる。女性も男性と同一賃金を受けるべきだ,アメリカ経済が,一部の富裕層だけではなく,みんなに恩恵をもたらすものにする。給料が良い新しい仕事を創りだす。アメリカは中流階層が強い時に繁栄する。アメリカ企業は我々の国から恩恵を受けているのだから,愛国的に対応してほしい。国から税控除を受ける一方で,人員削減に走るのは間違っている」と述べている。
イギリスの国民投票の結果,そして全く予想しなかったアメリカの「トランプ,サンダース現象」には,それが起こる理由があった。世界的に1980年ころから,所得格差が拡大し,労働組合,消費者運動という「資本主義経済社会の拮抗力」が骨抜きにされ,生産された商品を購入し消費する国民中間層が疲弊して,今日のような大不況・デフレになってきたことで,民衆が反発と反動を示してきたことである。これがヨーロッパの今日のイギリスのEU離脱,アメリカのトランプ・サンダース現象という「分裂・反発現象」を起こしているのである。
この50年の世界経済の歴史の中で,社会党,共産党ではなく,保守政党の首相,大統領候補が,これからのスタートに当たって,所得の大格差を問題にし,富裕層にたてつき,中流層,貧困層の味方をすると宣言したのは初めてである。
アメリカは,大統領がトランプになるかクリントンになるかは分からないが,誰になっても,銀行と証券を明確に分離するであろうし,国民の中間層の貧困を是正する動きになるであろう。これは単なるポピュリズムではない。国民中間層が立ち上がったレジスタンスの表れであるからだ。勿論,既得権者としての富裕層のそれに対する抵抗は激しいものになるであろうが,これが新しい世界の動き始めた大きなうねりである。
資本主義経済が,野放図なグローバリズムを制御し,所得の大格差を是正しなければ,国民経済は崩壊し,「国民大衆の生活向上」と「生産された商品が消費される」という資本主義経済が機能しなくなり,終焉するだろうと認識したからであろう。サッチャーは「社会などというものは存在しない。(There is no such thing as society)」と言ったが,今や民衆は「社会は存在している。我々は我々として存在しているのだ」と訴えているのだ。
過去30年にわたり,富裕者減税,法人減税,規制緩和,金融自由化,労働組合の弱体化,社会拮抗勢力の解体などの手口で「レーガン神話」が進められたが,この神話を閉じて,修復・再改革しようというのである。つまり世界的な資本主義経済の構造の修復・再構築運動が起こり始めていると言っていい。
しかしこれは,排他主義,保護主義では解決できない。グローバル化と国家主権と民主主義の「トリレマ」をどう解決するかである。確かなことは,行き過ぎのグローバル化を制御することである。そして新しい福祉社会の制度設計をすることである。残念ながら日本ではその意識が極めて薄い。これからのEUの再構築そしてアジア共同体市場の構築にあたり,新しい制度設計をしなければならない時に来ているという点で,これに真剣に取り組む必要がある。(つづきは,その2へ)
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