世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
経営は理論なり・経営は理論よりも奇なり:小売業革新の2つのモデル
(神戸大学 名誉教授)
2016.08.22
1.奥田改革による大丸再生
奥田務が社長になった1997年当時の大丸は,瀕死の老舗百貨店といわれていた。それが,2006年にはつぎの財務データの変化にみるように,業界一の高収益企業に生まれ変わっていた。
ROE(自己資本利益率):1.9%(1997年度)から17.5%(2006年度)
売上高営業利益率:0.8%(1997年度)から4.1%(2006年度)
有利子負債:1848億円(1997年度)から777億円(2006年度)
1974年,奥田が34歳のとき米国に留学した。アメリカでは,大学で勉強したことが企業の経営でも使われており,大学で勉強したことが仕事の現場で役に立つことを知る。小売りの経営も理論的,科学的,効率的に行われていた。
他方,日本の百貨店は,大丸をふくめて,無駄のかたまりであり,非効率・非合理そのものだった。人もあふれていた。
東京,京都,心斎橋,梅田,神戸の5つの大丸があり,それぞれ独立事業体のようだった。大丸という組織自体が非標準化の塊だった。
奥田は,後方部門改革によって,事務部門の部長一人だけを残して,各店舗にあった人事や総務,経理などの部長職はすべて廃止した。一店舗で10人の部長がいた当時,札幌店の部長はたったの4人だった。
札幌店の開店時の人員は社員が242人,パートやアルバイトが236人,合計478人。札幌店とほぼ同じ規模の大丸神戸店は700人。札幌店は開業からわずか半年で期間黒字化し,3年で累積損失を解消した。
奥田はアメリカにいて,百貨店の全盛期とその後の凋落を肌身に感じた。百貨店の全盛期は1970年代後半から1980年代前半までだった。百貨店業界は成長が止まった後に淘汰や再編,統合が進んでいった。いつか同じことが日本でも起こるはずだ。奥田は,アメリカの百貨店をみて,やがて日本でも似たことが起こるのではないかと,考えていたのである。2007年,大丸は名古屋の老舗百貨店松坂屋と経営統合する。
2.安田隆夫のドン・キホーテ
多くのスーパーや百貨店が経営不振の小売業界において,ドン・キホーテは26期連続増収増益を達成し,業界の注目を集めている。府中店の1坪当たり売上高は2900万円であり,スーパーの10倍以上である。同社は,深夜営業のチャンピオンであり,また,近年の訪日外国人の人気店になっている。
ドン・キホーテは,流通業の非常識を行い,「やってはいけない店の経営の見本」である。圧縮陳列とジャングル売り場は,世界流通史の中でも特筆すべき大発明である。買い物本来のアミューズメント性を高めて,入場料の要らない「買い物の劇場」にしている。
その深夜営業であるが,夜のついでに昼も営業しているというのが実態である。ゴールデンタイムは夜8時から午前0時,アイドルタイムは午前10時から午後2時。ナイトタイムの売り上げは全体の4割。ナイトマーケットの主役は若者。主婦を想定しない商売をしており,主婦というリアリストに気に入られようとすれば,夜のロマンチストは獲得できない。
ドン・キホーテでは,給与は,現時点における本人の実績評価ですべてが決定される。過去の実績は評価の対象にならない。情実や密室性は排除される。査定は年2回。半年俸制。営業の売り場担当者については,きめ細かく設定した指標などをもとに,客観的な業績評価がなされ,その業績評価はすべて数値化され,全店で発表される。その業績評価が賞与と昇給の多寡,さらには昇降格に直結する。かつての部下が今は上司,などというケースはザラだ。いつでも敗者復活が可能だ。採用に当たっては,経理など特別の資格や経験を必要とする部門以外は,学歴,年齢,性別,経験は一切不問だ。問われるのは本人の意欲と能力,適性だけ。
3.小売業の革新の2つのモデル
大丸再生とドン・キホーテは,小売業の経営革新モデルであり,ともに大きな成果をあげた。しかし,この2つは対照的な革新モデルである。
奥田改革による大丸再生は,奥田の頭のなかの計画を現場で実現することだった。合理的,効率的な大丸は,奥田の頭のなかにある。その事前計画を店の現場で実現するまで,奥田はいい続けた。そして,実現した。
他方,安田隆夫のドン・キホーテでは,深夜営業といい,圧縮陳列といい,事後的に,偶然に生まれた戦略である。安田は,夜遅く路上で段ボールから商品を取り出し,せっせと店に運び入れていた。店の玄関は開けっ放し,店内は煌々と明かりがともっている。それを営業中と勘違いした一人のお客様が店にふらりと入ってきた。これが,深夜営業のはじまりだった。(文中敬称略)
[参考文献]
- 奥田務(2014)『未完の流通革命:大丸松坂屋,再生の25年』日経BP社
- 安田隆夫・月泉博(2005)『ドン・キホーテ闘魂経営』徳間書店
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