世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.689
世界経済評論IMPACT No.689

中国の東アジア経済共同体構想とRCEP(その2)

高橋俊樹

(国際貿易投資研究所 研究主幹)

2016.08.08

大きい英国のEU離脱の影響

 TPP交渉は2015年10月に合意し,2016年の2月に交渉参加12カ国は署名を行った。これにより,各国での批准手続きが終了すれば,TPPは正式に発効することになる。こうしたTPPの動きに対して,中国はAIIB(アジアインフラ投資銀行)を活用して一帯一路(シルクロード)構想や東アジア経済共同体(EAEC)構想を推進しようとしている。

 中国側の東アジア経済共同体構想の主張は1つに固まったものでなく,EAECを強く進めるべきとの意見や,EAECは実現性が難しくRCEPに飲み込まれるとし,地域統合の1つのプロセスであるとする見方もある。また,EAECは機能的(functional)なものとし,制度的(institutional)なものではないとの意見もある。

 この中で,EAECを強く進めるべきとの意見は,西欧とは違う(すなわちEUとは違う)経済統合を推し進め,中国のインフラ投資などの地域政策で新たな東アジアの経済発展を後押しすることが望ましいと主張する。

 しかしながら,英国におけるEU離脱の国民投票の影響が中国のEAECへの考え方にも大きな影響を与えている。このため,中国でもEAECは日中韓FTAやRCEPのような制度的な自由貿易協定とは異なる地域統合(Regional Integration)と考えるべき,との意見が広がりつつあるように思われる。

日中韓の協力が不可欠

 中国はEAECへの日本の対応に大きな関心を示している。日本の通商戦略としては,バラッサの分類が説く関税同盟や通貨統合,共通の財政・金融政策を含む東アジアの経済統合を目指すよりも,現時点ではTPPを始め日中韓FTAやRCEPのようなFTAの枠組みの中で,関税・非関税措置やサービス,及び人や資本などの自由化を進めた方が現実的と考えられる。

 さらに,EAECは,RCEPのASEAN+6よりも狭い地域概念であり,日本としてはASEAN+3にとどまらず,より広域的な市場開放を進める方向を目指す方が,東アジア地域におけるサプライチェーンの形成に有利であると思われる。この意味で,TPPの参加国をより拡大することが望ましい。

 インドを含むRCEP交渉は長引くことが予想されるし,日中韓FTA交渉では依然として関税削減交渉の大枠(モダリティ)も提示されてはいないものの,とりあえずは日中韓が協力して日中韓FTAでより高い自由化率を目指した交渉を進め,TPPや日中韓FTAの成果をRCEPに反映することが望まれる。こうした日中韓FTA交渉の迅速な合意に向けた日中韓の協力は,現時点では高度に政治的な判断が伴うと考えられるが,ASEANの観点に立てば,RCEPやEAEC構想の促進に貢献するものとして期待するところが大であると考えられる。

 日本はTPPメンバーの拡大も含めて,日中韓FTAやRCEPなどの東アジアのFTAでより質と自由化率が高い枠組みを追及しなければならない。アジアにおけるTPP参加に関心がある国は,インドネシア,タイ,フィリピン,台湾,韓国にととまらず,カンボジアまで広がっている。インドネシアの大統領は,各省庁にTPPの研究を指示し何がインドネシアにとってメリットなのかを分野ごとに分析するよう求めたとのことだ。日本はこうした動きと連携し,日中韓FTAやRCEP交渉を有利に展開することが期待される。

EAECは軟着陸できるか

 ASEAN+3から成るEAEC構想とASEAN+6から成るRCEPが,単に豪・NZ・インドの3カ国だけのメンバーが違うFTAを目指すのであれば,よほどEAECの自由化率がRCEPよりも高くなければ,その存在意義が問われることになる。しかし,現実的には,両者ともASEANを核とする経済統合であるわけであるから,極端な自由化率の違いを達成することは困難である。

 日本としては,EAECとRCEPが同じ方向を向くのであれば,EAECに熱心に取り組む誘因は少ない。しかし,EAEC構想が経済協力などを中心とする地域経済統合を目指すものであれば,EAECとRCEPは共存の可能性が見えてくる。

 RCEPは,AFTA(ASEN自由貿易地域)や日中韓FTAを考慮しながら,なるべく物やサービス取引などの自由化を高める経済統合を目指すものである。ある意味では,制度的な面を中心とするFTAである。

 これに対して,EAECは人・物・サービス・資本などの円滑な移動を促進するだけでなく,地域経済の発展のために経済・技術協力などを重要視したものであるならば,AIIBやアジア開発銀行(ADB)の協力を得て,地域のインフラや経済格差の是正を目指した機能的な地域統合として存在感を発揮することができる。

 すなわち,EAECが「制度を中心とした一般的なFTA」や「EUにおける経済同盟のような経済的な縛りを重視するもの」ではなく,「アジアの経済発展を導く成長戦略と地域協力につながる柔軟な地域統合」を目指すものであるならば,EAECとRCEPとの棲み分けの可能性がないとは言えないと思われる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article689.html)

関連記事

高橋俊樹

最新のコラム