世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1731
世界経済評論IMPACT No.1731

3つの米景気回復シナリオから大統領選や対中政策を読む

高橋俊樹

(国際貿易投資研究所 研究主幹)

2020.05.04

 新型コロナが世界的に蔓延し,経済活動にも甚大な影響を与えている。IMFの2020年4月の世界経済見通しによれば,感染症の拡大により世界経済は2020年にマイナス3%と大幅に落ち込み,リーマンショックを超える影響が見込まれる。IMFは同時に,米国経済が2019年の2.3%成長から2020年にはマイナス5.5%成長に急落すると予測している。

 今,2020年の米国経済の回復の道筋として,恣意的に①夏の回復を見込む楽観的シナリオ(V字型回復),②秋の回復を見込む標準的なシナリオ(U字型回復),③秋に2番底が見込まれる悲観的シナリオ(W字型回復),の3つのシナリオを想定する(注1)。

 V字型回復では,新型コロナの感染者数は4月末から5月上旬にかけてピークを迎え,それに伴う消費の減退は主に第2四半期に生じると仮定する。第3四半期には急速な回復が見込まれるが,2020年通年の経済成長率はマイナスの3~5%未満になると想定している。

 U字型回復においては,コロナ感染症対策は秋口にかけて徐々にしか効果が表れず,それに伴う経済活動の脆弱性は秋まで続く。ゆっくりとしたコロナショックからの回復により第4四半期から経済は上向くが,経済成長率はマイナスの5~7%未満の間になると仮定する。

 3番目のW字型回復の悲観的シナリオでは,コロナ感染症対策は効果を上げることができず,第4四半期には再び厳格な対策の実施が必要になる。経済も第3四半期に回復の兆しが表れるも,第4四半期には再び縮小し始める。この場合の2020年の経済成長率は,マイナスの7~9%と想定。本稿では,大雑把にこうした3つのシナリオを想定したが,実際にはV字とU字の間やU字とW字の間のシナリオのように経済が動く可能性がある。

 もしも,米国経済がV字型で回復すれば,トランプ大統領は11月の大統領選で民主党のバイデン候補に対して優位に立つことになる。回復が早い分だけ,コロナ対策での初動の対応のまずさを払拭するだけでなく,その後の経済対策の的確さを証明したことになるからだ。同時に,これまでの米中・日米貿易協定や新NAFTA(USMCA)の成果を前面に出し,選挙を有利に展開する可能性が高まる。

 U字型回復の場合は,トランプ大統領にもバイデン候補にも中立的な影響をもたらす。トランプ大統領は現職という有利な立場にあるが,それでも危機感からバイデン候補のNAFTA・TPP支持や中国寄りを批判するビデオなどの強力なネガティブ・キャンペーンを積極的に展開すると思われる。トランプ大統領の支持基盤であるキリスト教福音派は,共和党のティーパーティ派(増税なき「小さな政府」を主張)と同様に保守的であり,人工中絶や銃規制に反対である。このため,経済の回復がU字型のように緩やかであっても,キリスト教福音派の多数を占める白人層は,製造業における雇用・所得の確保やイスラエル寄りの政策などが維持される限り,トランプ大統領への支持を敢えて変えることはないと考えられる。

 これに対して,W字型で2番底を経た回復の場合はバイデン候補に有利に働くのではなかろうか。コロナ対策でのトランプ大統領の失敗を非難する動きが強まり,福音派もトランプ大統領への支持が分かれることになる。バイデン候補へのネガティブ・キャンペーンも,コロナ問題の前には掻き消される可能性がある。

 景気のV字型回復は,コロナ対策が全てに優先するという方針の転換をもたらす。つまり,コロナ対策の一環としての対中追加関税の緩和などの要求を打ち消し,コロナ以前と同様な厳しい対中政策を求める声が復活する。中国は第1段階の米中貿易協定で「2017年に対して2年間で農産物(320億ドル)を含む2,000億ドルの輸入拡大」を約束したが,トランプ大統領はこの完全な実施を求めることになる。

 U字型回復の場合においても,基本的な対中政策には変化はなく,ペンス副大統領を始めとする共和党の保守派が主張する公正な貿易を求める可能性が高い。同時に,トランプ政権は対中追加関税の維持や2,000億ドルの輸入拡大の誠実な実行を求めるものと思われる。

 W字型の回復においては,米国の景気拡大やサプライチェーンの維持という観点から,対中追加関税の部分的な見直しが検討される可能性が出てくる。そして,W字型シナリオでは,第2段階の米中貿易協定の交渉開始は当面の間は見送られることになるし,U字型の場合でも米中協議よりも英国・インド・ケニア・ブラジル等との貿易協定交渉を優先することになりそうである。

 また,第1段階の日米貿易協定は既に発効しているが,第2段階の日米交渉は米中貿易協定と同様な扱いになり,特にW字型回復の場合においては交渉開始が遅れる可能性がある。米EU貿易協定に関しては,テレビ会議で頻繁に交渉開始に向けた話し合いが続けられているが,農産物を交渉分野から除外するかどうかで米EUが対立している。したがって,米EU貿易協定の交渉開始時期は,米景気回復の3つのシナリオ如何にかかわらず,米英等の他の2国間貿易協定の進捗状況に大きく左右されると思われる。

[注]
  • (1)米国のコンファレンス・ボードは,2020年米国経済見通し(4月9日)で4つのシナリオ別の予測を発表している。本稿では,議論をわかりやすくするため,同見通しを参考に3つのシナリオを全く恣意的に仮定した。。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1731.html)

関連記事

高橋俊樹

最新のコラム