世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国の東アジア経済共同体構想とRCEP(その1)
(国際貿易投資研究所 研究主幹)
2016.08.08
これまでの東アジア経済共同体構想の動き
中国は2000年代から,ASEANに日中韓を加えたASEAN+3(APT)という東アジア経済圏の枠組みを推進してきた。2015年10月のTPPの合意後においては,中国は日中韓FTAやRCEP(東アジア地域包括的経済連携)の交渉と並行して,一帯一路(シルクロード)構想,及びASEAN+3の流れを汲む東アジア経済共同体(EAEC)構想を推し進めようとしている。
EAECは,1997年のアジア通貨危機後にその構想が芽生えることになった。その後,2001年のASEAN+3(APT)サミットで,東アジア・ビジョン・グループ(EAVG:The East Asian Vision Group)Ⅰは,「東アジア共同体(East Asian Community)構想」を提唱。そして,2010年には韓国が東アジアの地域協力とAPTの将来像を描くEAVGⅡの立ち上げを提案した。そのEAVGⅡの報告書は,EAECを2020年までに実現することを提言し,2012年のカンボジアでのAPTサミットで承認された。
この提言にもかかわらず,EAEC構想は進展しなかった。その理由として,日中韓における政治的な要因の他に,2013年にスタートした日中韓FTAやASEAN+6から成るRCEPの交渉が並行的に進んでいることが挙げられる。また,2010年にスタートしたTPP交渉が合意に達し,2003年を起点とするASEAN経済共同体(AEC)を創設する動きが進展し,AECは2015年末に発足したことも大きく影響している。さらに,ギリシャの債務危機や英国のEU離脱の決定に見られるように,EUの経済統合がほころびを見せ始めていることが,EAECの実現に向けた話し合いが遅れる原因になっている。
東アジア経済共同体の話し合いと可能性
中国はこうしたEAEC構想の遅れを取り戻そうとしている。中国のこのような動きは,TPP合意後の東アジアにおける米国や日本の経済的・政治的な影響力の拡大への対応と考えられる。中国側は,豊富な資金を背景に,一帯一路構想だけでなく,EAECの枠組みの中で,AIIB(アジアインフラ投資銀行)によるインフラ投資などの経済・地域協力を進める意向を示している。
しかしながら,中国側の意図に反して,EAECという経済共同体の枠組みを策定することは容易ではない。まずバラッサの説く経済統合の段階で考えるならば,AECとEAECは第1の段階である物やサービスの自由化(自由貿易協定:FTA)では問題ない。しかし,第2の段階である関税同盟になると,ASEAN+3のような経済格差のある地域で,対外的な共通関税を設定することはかなり難しい。実際に,中南米の関税同盟であるメルコスールにおいても,共通関税には幾つかの例外が設けられている。
第3の段階である物・サービスや人・資本などの自由な移動を達成する共同市場の創設に関しては,AECにおいては不十分である。例えば,サービス貿易の自由化は4つのモードに分けて説明されるが,その中でAECでは,第1モード(越境取引:シンガポールにおいて,電話でミャンマーからコンサルティング・サービスを受ける)と第2モード(国外消費:ASEAN域内からタイに観光に行って現地の物・サービスを消費する)に関しては,自由化が進展している。
しかし,第3モード(拠点の設置:ASEAN域内からインドネシアに旅行し,そこでシンガポール資本のコーヒーショップでコーヒーやビスケットを購入)については,ASEAN企業に対する現地子会社への外資出資率70%までの開放が目標となっているが,依然として70%までの自由化は限定的である。また,AECではサービス貿易の第4モード(人の移動)の自由化は,熟練労働者に限って実施されている。資格の相互承認協定(MRA)については8つの分野に絞り,登録者のみの移動が自由化されているが,各国の締結手続進捗により実施についてはばらつきがある。
バラッサの第4番目の段階である通貨統合を含む経済政策の調整を求める経済同盟や,第5番目の経済政策を統一するための超国家機関の設置が必要とされる完全な経済統合は,英国のEU離脱の例からも分かるように,AECやEAECのようなアジアにおける経済共同体の創設にはハードルが高いと思われる。
EAECは発足できるか
このような状況において,中国はRCEP交渉を同時に進めながら,果たしてEAECを思惑通りに成立させることができるのであろうか。現時点では,EAECではまだ経済統合の骨格となるブループリント(工程表)が作成されておらず,2020年の創設という目標の達成はかなり厳しいと言わざるを得ない。この点で,ブループリントを作成し,その目標の達成率などを評価しながら,着実にその枠組みを築いてきたAECとは大きく違っている。
EAECを創設するとすれば,それはAECを包含するものでもあるし,AECとは別の特徴を持つ経済共同体に進化したものでなければ,その存在意義を発揮することができない。さらに,EAECはEUの経済統合とどう違うのかが明確になっていなければならない。
したがって,AEC以上に経済格差や経済政策面で大きく異なるEAECを進めようとするならば,経済・技術協力を拡充したより大胆できめ細かなブループリントや東アジア地域の経済繁栄の礎を築くための明確な行動指針(成長戦略)が必要になる。それに合意するには,ASEANのAEC創設での経験を反映させるだけでなく,日中韓における協力・協調関係の樹立が不可欠となる。
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