世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.677

TPPとASEAN経済統合

清水一史

(九州大学大学院経済学研究院 教授)

2016.07.25

 2015年10月にはTPP大筋合意が達成された。2016年2月には全12カ国によって署名された。2008年からの世界金融危機後の変化はTPP交渉へとつながり,ASEANと東アジアの経済統合に大きな影響を与えている。世界金融危機後のアメリカの状況の変化は,対東アジア輸出の促進とともにアメリカのTPPへの参加を促し,更に日本のTPPへの接近を促し,ASEANのRCEPの提案につながった。

 東アジアではASEANが経済統合をリードしてきた。ASEANは,1976年から域内経済協力を開始し,1992年からはASEAN自由貿易地域(AFTA)を推進し,2015年末にはASEAN経済共同体(AEC)を創設した。また東アジアにおいては,ASEANを中心として重層的な協力が展開してきた。TPPは,ASEANと東アジアの経済統合へも大きな影響を与える。以下,TPPがASEAN経済統合へ与える影響について考えてみよう。

 第1に,TPPはASEAN経済統合を加速し,追い立てるであろう。ASEANの経済統合は2015年末のAEC実現へ向けて着実に進められてきた。TPPの進展は,更にAECの深化を促すであろう。ASEANでは,2015年末にはAECが創設された。また11月には2025年へ向けてのAECの目標(AEC2025)が打ち出された。ASEANにとっては自身の統合の深化が不可欠であり,AECの深化が必須である。

 第2に,TPPが東アジアの広域の経済統合の実現を追い立てることが,更にASEANの統合を追い立てるであろう。ASEANにとっては,常に広域枠組みに埋没してしまう危険がある。それゆえに,自らの経済統合を他に先駆けて進めなければならない。そして同時に東アジアの地域協力枠組みにおいてイニシアチブを確保しなければならない。TPP確立への動きは,EAFTA,CEPEA,ASEAN+1のFTA網の延長に,ASEANによるRCEPの提案をもたらし,これまで進展のなかった東アジアの広域FTAの実現にも,大きな影響を与えた。このRCEP構築の動きも,ASEAN経済統合の深化を迫る。

 第3に,TPPの規定が,ASEAN経済統合を更に深化させる可能性もある。たとえばマレーシアやベトナムの政府調達や国営企業の例などである。現在,2015年創設のAECにおいては,政府調達の自由化は対象外であるが,マレーシアやベトナムはTPPで政府調達の自由化を求められており,TPPの自由化がAECにおける政府調達の自由化を促進する可能性がある。原産地規則,原産地証明,通関手続き等に関するTPPの規則が,今後,AECに影響する可能性も考えられる。

 他方で,ASEAN加盟国の中でTPP参加国とTPP不参加国が存在することは,今後の展開によっては,いくつかの緊張を与えるとも考えられる。シンガポール,ブルネイ,マレーシア,ベトナムは交渉参加国であり,タイやフィリピンなどは参加を検討してきたが,インドネシアは不参加を表明してきた。

 しかし,TPP実質合意後にはフィリピンとタイが参加の意向を表明し,前政権では不参加を表明してきたインドネシアも,参加を表明するに至った。アメリカへの輸出などの貿易自由化の利益とともに,TPPに関連するサプライチェーン網から排除される不利益や投資の減少,あるいは安全保障に関係するアメリカとの関係強化も背景にあるだろう。

 今後は,現在不参加の各国が参加する可能性は高い。今後の展開においては,RCEPのように,TPPにもASEAN全体が参加する可能性もある。ASEANの全加盟国が参加するまでは,TPPの参加と不参加によって域内格差が拡大する可能性はある。しかしTPPへの参加国と不参加国が存在することがASEAN統合に緊張を与えるという可能性は,低下していくであろう。ただし,ASEAN全体がTPPに参加した際には,TPPにおいてどのようにASEANとしてイニシアチブを確保できるかが課題になってくるであろう。

 今後のASEANにとっては,TPPが確立していく中で,AECを更に深化させること,同時にRCEPを推進し東アジアの経済統合においても核となり続けることが課題である。更にはTPPあるいはその延長のFTAAPを含めたアジア太平洋の地域協力枠組みにおいてもイニシアチブを発揮することが,長期的に課題となるであろう。

 7月12日には,中国の南シナ海の海洋進出を巡るハーグの仲裁裁判所による判決が出され,中国が主権を主張する境界線には国際法上の根拠がないと判断された。現在のASEANでは,南沙諸島を巡る各国の立場の違いとそれに関連する各国の中国との関係の違いが,統合の遠心力となる可能性がある。ASEANとしての結束を維持するためにも,ASEANは南シナ海問題に対しても一致して対処していかなければならない。

 TPPにおいては,次の課題は各国での批准と発効である。TPPの行方は未だ混沌としているが,TPP発効においては日米の批准が必須である。TPPと世界の通商体制への日米の役割と責任は大きい。

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清水一史

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