世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.646
世界経済評論IMPACT No.646

日本の財政はもう破たんしている

熊倉正修

(駒澤大学経営学部 教授)

2016.05.23

 安倍晋三内閣は「経済再生なくして財政再建なし」というスローガンを掲げているが,この言葉には二重のウソがある。第一に,現政権が掲げる経済成長の目標は非現実的であり,無理にそれを追求すると財政状況はむしろ悪化する。第二に,仮に目標が達成されても,財政再建が実現する可能性はほとんどない。

 財政の持続性に関する議論では,政府債務の金額より債務のGDPに対する比率に注目が集まることが多い。IMFの統計によると,地方政府や社会保障基金を含む日本の一般政府の負債は1,200兆円前後であり,対GDP比率で240%前後に上る。この値は世界の国々の中でダントツに高い数値である。

 安倍内閣は当初から「2020年度までに国・地方の基礎的財政収支を黒字化し,その後,債務・GDP比率の安定的な引き下げを目指す」という目標を掲げている。この目標は現在も公式には堅持されているが,安倍首相はしだいに基礎的財政収支の目標によって目先の財政政策が拘束されることを嫌いはじめ,財政健全化の指標として債務・GDP比率を重視したい意向を示すようになっている。

 しかし巨額の債務を抱える国の首長が基礎的財政収支を軽視して債務・GDP比率を重視することは,本気で財政再建に取り組む気がないと言っているのと同じである。その理由は以下の例を考えると理解できるだろう。

 一国の債務・GDP比率は

 一年間の債務・GDP比率の増減=
  (長期金利-経済成長率)×年初の債務・GDP比率
   +その年の基礎的財政収支の対GDP比率

という式に従って変化する。いま,政府がGDP比1%分の赤字国債を発行して財政支出を増やしたとしよう。また,その分だけその年の経済成長率が上昇する一方,長期金利は一定にとどまったとしよう。その場合,債務・GDP比率への影響は

 -1%×年初の債務・GDP比率+1%

となり,年初の債務・GDP比率が100%を超えている国では債務・GDP比率が改善する。安倍首相が基礎的財政収支より債務・GDP比率に国民の眼を向けさせようとしているのはそのためである。

 しかし上記の効果は一時的なものにすぎず,それによって財政の持続性が回復することはありえない。その理由は以下の通りである。第一に,財政支出による経済成長は人為的なものだから,翌年に支出を減らせば今度は逆のことが起る。第二に,仮に財政支出が呼び水になって趨勢的な経済成長率が上昇したとしても,それに応じて金利も上昇するため,上記の効果は失われる。第三に,現実にそうした呼び水効果が乏しいことはこれまでの「機動的な財政政策」が証明している。政府は年率2%超の実質経済成長を目指しているが,日本では高齢化によって労働力が減少しているため,今後はゼロ成長ないし若干のマイナス成長がトレンドだと考えるべきである。政府は女性や高齢者の就労促進によって労働力不足を補おうとしているが,日本では今後25年間に20~64歳人口が約24%減少することが予想されている。そうした中で多少就業率が上昇しても焼け石に水である。

 最後に,国民はいつでも海外に資金を移すことが可能なので,経済成長率が低下しても金利がそれと同じ分だけ低下するとは限らず,今後,上記の(名目金利-名目経済成長率)はむしろ上昇してゆく可能性が高い。国民が本気で財政危機を心配し始め,公債の利回りにリスク・プレミアムが上乗せされるようになった場合,こうした効果が強まり,債務は雪だるま式に増えてゆく。

 日本において特徴的なのは,公的債務が巨額に上っているにも関わらず,長期的な財政計画がまったく存在しないことである。内閣府が年二回「中長期の経済財政に関する試算」を行っており,そこには一見すると希望が持てる将来像が描かれている。しかしこの資料をよく読むと,それがまやかしであること,日本の財政がすでにどうしようもないところまで追いつめられていることが分かる。

 最新版の「試算」には「ベースラインケース」と「経済再生ケース」があり,後者はアベノミクスの目標が悉く実現するバラ色のシナリオである。このケースでは2016年度に公債・GDP比率が下落に転じ,基礎的財政収支も2024年度に黒字になると予想されている。この試算を見た人は,アベノミクスの目標達成という条件つきではあるが,まだ財政再建の可能性があると考えるだろう。

 しかしそれは誤りである。第一に,上述のとおり,安倍政権の成長目標が達成される可能性はほとんどなく,財政出動によって目先の景気を維持しようとした場合,長期的な債務はむしろ増加する。第二に,この試算は債務・GDP比率を操作しやすくするため,経済成長率がただちに上昇する一方,金利はそれに遅れて少しずつ上昇することを想定している。この試算は2024年度までしか扱っていないが,それは既存の債務・GDP比率が高いほど翌年度の債務・GDP比率が低くなる特殊な時期だけに対象を限定したい意図があるからである。

 けっきょく,今日の日本で起っていることは,①安倍首相は財政破たんが避けられないことを薄々理解していながら,非現実的な成長目標によって国民を鼓舞し,問題を先送りしている,②日銀はデフレ対策の名目で長期金利を引き下げ,目先の国債費の圧縮に協力している,③内閣などの政府関係機関もそれに加担している,ということである。また,経済学者やマスメディアも,④すでに正常な形での財政再建が不可能であるにも関わらず,政府に正面からその責任を問おうとせず,「政府は財政改革も進めるべきだ」といった曖昧な主張でお茶を濁している。

 確かに,「王様は裸だ」と言い立てるよりも,皆がそうでない振りをしている方が,短期的には都合が良い。しかし現政府がそれに乗じて財政のバラマキを続け,日銀が将来の物価管理を犠牲にして国債の大量買入れを続けることを許していると,後悔するのは国民である。私たちはもう政府と日銀に引導を渡した方がよい。

 *このコラムの内容を詳しく説明した論文をここで読むことができます。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article646.html)

関連記事

熊倉正修

最新のコラム