世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.635
世界経済評論IMPACT No.635

大統領選で浮彫りにされた,米国が抱える難題 :トランプ・サンダース旋風に見られる「米国第一主義」の背景

平田 潤

(桜美林大学大学院 教授)

2016.05.09

 米国大統領選とは,候補者が国民により,様々な視点からその資質・政策・リーダーシップをスクリーニングされ,予備選・党大会を経て本選挙のゴールに至るまで,淘汰され進化していく長期にわたる一大政治イベントである。そして今回2016年予備選では,大方の予想を裏切って共和党のトランプ候補,民主党ではサンダース候補という非主流/アウトサイダー的(既成ワシントン権力構造には遠い)政治家が躍進を遂げている。両候補の主張や,スタンスは,ほぼ対極的(攻撃的ポピュリズム対過激な格差是正主義)に見える。しかし米国がリーマンショックによる経済危機で深刻なダメージを受けたなか,当時の共和党主流派(ブッシュ〔子〕政権)時代から,現在の民主党主流派(オバマ政権)統治に至るまで,政策優先順位で下位に置かれた感のある中間層や非既得権益層のうっ積した不満に光を当て,雇用面或は外交等で独自性をアピールする「米国第一主義」を内容とすることで,両者は共通点を持つ。さらに両候補が一過的な善戦ではなく,これまでに多くの州で勝利を得た要因については,米国民に広がった以下のメンタリティが推定されよう。

  • 1,オバマ政権時代,共和党が連邦議会で財政再建策や予算などで原則主義的・非妥協的対応に固執し,結局国民に資する建設的施策を妨げたことへの,「共和党支持者」からの強い不満
  • 2,期待した改革の実が上がらず,マクロ経済回復の恩恵も乏しい「民主党支持者」の不満

 現在共和党主流派などがトランプ候補に批判を集中し,また二番手につけたクルーズ候補等が党大会での逆転を模索しており,今後の流れを変え得るかが注目される。これまでトランプ候補の発言を巡っては,共和党の重鎮(ロムニー氏等)や,米有力メディアによる批判に留まらず,その排外的な発言に米国外からの批判が集中した。一方で,多数の州で共和党員から支持を得ている背景として,a.反エスタブリッシュメントの立ち位置,「大富豪でかつポピュリスト的」存在への大衆的人気,b.強引な「ビジネス哲学・スタイル」により,「勝利を実現させる方程式」への期待,c.米国内でのテロ〔リスク〕への恐怖や,難民・不法移民増大への不安・反感・非寛容という大衆の意識を代弁した強硬で極論を辞さないメッセージがアピール,等であるが,一方でより深層には,d.レーガン政権以降持続した「統治党」としての共和党が,事実上求心力を失い,e.共和党主流派の衰退とリーダーシップ不足に対する不満が累積,f.共和党政権時に発生したエンロン事件やリーマンショックを契機とした,ウォール街やビジネストップへの根強い反発などがうかがわれる。

 また米国全体で見ても,経済金融危機による深刻なダメージ・後遺症と,経済回復の爬行性等に挟撃され,以下①~⑦の,解決が容易に進まない「構造問題」に直面した,国民(とくに中間層や学生)の政治的ストレス(不満・反発・怒り)は,これまでになく大きいと考えられる。

  • ① リーマンショック以降加速する,中産階級の下方への解体現象と不安定化の進行
  • ② 若年層/学生の苦境=高まる学業コスト(高い学費,ローンの返済の重圧),条件が悪化する就活→学生(ミレニアル世代)の政治指向が活性化
  • ③ 反ウオール街運動・ピケティ論争等で浮上し,重要な政策課題となった「格差・不平等問題」〔アメリカン・ドリームの実現性の困難への苛立ちと公平性への希求の高まり〕
  • ④ 医療制度改革(オバマケア)やTPP等,米国にとって重要な問題を巡る国論の深刻な分裂
  • ⑤ 高額化し続ける「政治」(とくに選挙),猛威をふるう献金マシーン(スーパーPAC)の威力,必要悪として多用されるロビイング,低下し続ける政党のリーダーシップのなかで昂進する政治的アパシー
  • ⑥ 政治・経済エスタブリッシュメント層への根強い不満・不信
  • ⑦ 連邦政府・議会への閉塞感の拡大(オバマ政権時代は議会とのねじれ,対立が深刻化),党派主義が主導する選挙区区割りと二極化(レッドステートとブルーステート)の固定化

 さて現時点(2016年5月初旬)では,共和党はトランプ候補が失速せず,党大会に向けて過半数の代議員獲得に挑戦する中で共和党主流派の動向が注目され,民主党ではヒラリー候補が勝利に手が届く状況に来ているものの,サンダース候補は容易に引き下がらない状況である。

 今回の大統領選では,有力候補者のパフォーマンスや支持層へのアウトリーチなどを通じて,米国経済社会の底流に見られる「潮流変化」が見られると共に,次期の政権が否応なく直面する「さまざまな難題」を,あぶりだしているといえよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article635.html)

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