世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国のもう一つのTPPジレンマ
(杏林大学客員教授)
2016.03.28
■ドミノ現象を恐れる中国
TPP(環太平洋パートナーシップ)合意によって,アジア太平洋地域の通商秩序が大きく変わろうとしている。TPPは高度で包括的な21世紀型のFTAである。現在,TPPに参加しているのは12カ国であるが,将来的には中国も含めてTPP参加国をAPEC全体に広げ,FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)の実現を目指している。TPPのルールがアジア太平洋地域における新たな通商秩序のベースとなる可能性が高い。
米国の狙いは,当面,中国抜きでTPPを実現し,その後APEC加盟国からのTPP参加を増やして中国を孤立させる。外堀を埋めてから中国に,TPPへの参加条件として国家資本主義からの転換とルール遵守を迫るというのが,米国の描くシナリオだ。
TPP合意の直後に,韓国,台湾,タイ,フィリピン,インドネシアが相次いでTPPへの参加の意思を表明した。ドミノ現象を中国は最も恐れている。昨年のAPECマニラ会合で中国が首脳宣言にTPPの文言を盛り込むことに強く抵抗したのも,その表れだろう。
中国がハードルの高いTPPに参加する可能性はあるのだろうか。国家資本主義に固執する中国だが,APEC加盟国が次々とTPPに参加し,中国の孤立が現実味を帯びてくるようになれば,中国は参加を決断するかもしれない。TPPへの不参加が中国に及ぼす不利益(貿易転換効果)を無視できないからだ。
■日米中貿易トライアングルの構図
TPPに対する中国の出方次第では,アジア太平洋地域における日米中の貿易トライアングルが危うくなりそうだ。日米中トライアングルの貿易構造には,次のような特徴が見られる。
第1に,中国の貿易は加工貿易型であり,日本やASEANから中間財(部品)を輸入し,中国で加工・組み立てを行い,最終財(完成品)をアジアのみならず,米国やEUにも輸出している。
第2に,日本やASEANなど,東アジアにおける中国の周辺国は中間財輸出を通じて対中依存度を高める一方,中国は米国やEUへの輸出を伸ばしており,東アジアへの依存度はさほど高くない。中国の貿易構造については,輸入と輸出の間で「集中と分散の非対称性」が見られる。
第3に,中国の貿易の主たる担い手は中国に進出した外資系企業であり,中国の貿易の過半を占める。国際生産ネットワークの拡大を通じて,産業内分業や企業内貿易が活発化している。中国は東アジアの生産ネットワークに組み込まれることによって,WTO加盟後の貿易を急増させることができた。
このような日米中トライアングルの貿易と直接投資が中国の経済成長の原動力となった。日本から中国への直接投資が活発となり,日本の中国向け中間財輸出が急増,つまり,日本が中国に対して中間財の供給を担い,それによって,中国は米国向けの最終財の輸出を増大させていった。
だが,メガFTAの時代に入り,日米中トライアングルは新たな局面を迎えている。国際生産ネットワークの拡大とサプライ・チェーンのグローバル化に伴って,日米中トライアングルにおける貿易や直接投資は大きく変貌しようとしている。
■中国のTPPジレンマ
アジア太平洋地域において,TPPが日米中トライアングルに与える影響は大きい。もし中国がTPPに参加しなければ,日米中トライアングルの貿易構造は崩壊するだろう。なぜならば,日本から中国に中間財(部品)を輸出し,中国で加工組み立てした最終財(完成品)を米国に輸出するという貿易パターンの優位性が失われるからだ。
TPPによってカバーされる国際生産ネットワークから中国がはみ出すことになれば,グローバルなサプライ・チェーンの効率化を目指す日本企業などは,対米輸出のための生産拠点を,中国から,TPPに参加するベトナムやマレーシアなどに移す可能性が高い。中国リスクの高まりがそれに拍車をかけるであろう。タイ,フィリピン,インドネシアなどもTPPに参加すれば,その流れはもっと加速するに違いない。
中国の集中と分散の非対称的な貿易構造に着目すれば,ASEAN+6によるRCEP(東アジア地域包括的経済連携)が実現しても十分とはいえない。米国抜きのRCEPは日米中トライアングルの貿易全体をカバーすることができないからだ。しかも,皮肉なことに,最終財輸出をみると,RCEPは対米依存が大きい。したがって,貿易構造上,RCEPはいずれTPPと融合するのが合理的ともいえる。
日米中の貿易トライアングルが中国の経済成長に寄与していることを考えれば,中国の本音はTPPに参加したいであろう。しかし,高い自由化率と米国が重視しているTPPルール(知的財産権,国有企業改革,政府調達,環境,労働など)は中国にとっては受け入れがたい。中国はTPPに入りたくても入れない,「TPPジレンマ」に陥っている。
そうした中,米国が主導するTPPに反発する中国は,TPPの対抗手段として,アジアから欧州に至る広大なシルクロード経済圏の構築を目指す「一帯一路構想」を打ち出した。中国は,TPPと日米中トライアングルを見限るつもりなのか。
この続きは,『世界経済評論』5月・6月号(2016年4月15日発行)の拙稿「FTAAPへの道筋と米中の角逐」をお読みいただきたい。
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