世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.617
世界経済評論IMPACT No.617

ASEAN経済共同体の実現と日本企業

清水一史

(九州大学大学院経済学研究院 教授)

2016.03.28

 2015年末にASEANはASEAN経済共同体(AEC)を創設した。AECは,2003年の「第2ASEAN協和宣言」で打ち出された,ASEAN単一市場・生産基地を構築する構想であり,ASEANではその実現に向けて着実に行動が取られてきた。2015年末の時点でも,関税撤廃は,新規加盟諸国の一部品目を除きほぼ実現した。

 AECの実現は,ASEAN経済とともに,経済関係の深い日本にとってもきわめて重要である。ASEANは,日本にとっても最重要なパートナーのひとつである。また日本企業にとっても最重要な生産拠点と市場である。そして日本企業は,ASEAN域内経済協力・経済統合にも大きく関係してきた。1988年のBBCスキームは,日本の三菱自動車が提案して採用された自動車部品の相互補完プログラムであった。1996年からのASEAN産業協力スキーム(AICO)やASEAN自由貿易地域(AFTA)においても,日本企業は大きな受益者であった。AECの実現は,日本企業に対しても,大きな影響を与える。

 世界経済の構造変化がAECとASEAN経済統合を追い立てる中で,ASEANでは,2015年末のAEC創設へ向けて着実に行動が取られてきた。2007に出された「AECブループリント」は,2015年に向けてA〜Dの4つの戦略目標を提示したが,「A.単一市場と生産基地」の中心である「①物品の自由な移動」において,「関税の撤廃」に関しては,AFTAとともにほぼ実現した。AFTAは東アジアのFTAの先駆であるとともに,東アジアで最も自由化率の高いFTAである。先行加盟6カ国は2010年1月1日にほぼすべての関税を撤廃した。2015年1月1日には,新規加盟4か国(CLMV諸国)の一部例外を除き,全加盟国で関税の撤廃が実現され,ASEAN10カ国全体での総品目数に占める関税撤廃品目の割合は95.99%に拡大した(尚,CLMV諸国においては,関税品目表の7%までは2018年1月1日まで撤廃が猶予される)。

 日本企業にとっては,産業によって差があるが多くの企業にプラスの影響を与えるであろう。たとえば自動車産業の場合,タイやインドネシアにおける完成車メーカー・部品メーカーにとって,生産の統合と産業集積が更に進み,スケールメリット等の面からも大きなプラスである。またこれまでに構築されてきた部品の国際分業と補完にとってもプラスである。ただしフィリピンで生産を行っている完成車メーカー・部品メーカーの場合のように,マイナスの影響を受ける場合もある。またベトナムでは,2018年1月の関税撤廃が自動車生産にマイナスの影響を与えることが危惧されている。

 「①物品の自由な移動」では,AFTA原産地規則の選択制導入,原産地証明の自己証明制度の導入,税関業務の円滑化,ASEANシングル・ウインドウ(ASW),基準認証なども進められた。それらは貿易を円滑に進めることに貢献し,日本企業の活動にプラスである。②サービス貿易の自由化,③投資や④資本の移動の自由化,⑤熟練労働者の移動の自由化も徐々に進められている。それらも日本企業の企業活動にとってプラスとなるであろう。尚,「非関税措置の撤廃」も進められているが,一部では新たに導入される例もあり,その撤廃の遅れは日本企業にとってもマイナスとなっている。AECの今後の大きな課題である。

 「B.競争力のある経済地域」と「C.公平な経済発展」に関係する輸送インフラやエネルギーインフラを整備する等のプロジェクトは,日本企業にとって,完成品の貿易においても,部品や素材の貿易等においてもプラスとなる。そして日本企業の生産を支えるASEANと東アジアの生産ネットワークの強化に貢献し,タイプラス1のような新たな国際分業と関係する日本企業にもプラスとなるであろう。「D.グローバルな経済統合」は,ASEAN+1のFTA網の整備やRCEP交渉の進展によって,目標に比べて大きく進展しており,これらの整備は,言うまでもなく広域の東アジアで活動する日本企業の活動を促進するであろう。

 昨年11月の第27回ASEAN首脳会議では,2025年に向けてのASEAN統合のロードマップである『ASEAN2025』が採択された。「AECブループリント2025」においては,「A.高度に統合され結合した経済」,「B.競争力のある革新的でダイナミックなASEAN」,「C.連結性強化と分野別統合」,「D.強靭で包括的,人間本位・人間中心のASEAN」,「E.グローバルASEAN」の5つの柱が示された。これまでの目標の延長に,更にAECを実現していくこととなった。それらの目標の実現は,日本企業の活動にも更にプラスとなるであろう。たとえばASEANにおいては,巨大な人口と各国の所得向上によりサービスにも巨大需要が生まれてきており,サービスの自由化も日本企業に大きなプラスとなるであろう。

 AECを実現しつつあるASEANにおける経済活動には,日本企業にとって大きなチャンスがある。ただし当然リスクもある。貿易や投資を行う際には,日本貿易振興機構(JETRO)や国際貿易投資研究所(ITI),各国の日本人商工会議所等の専門家とお会いして,情報を集めることをお奨めしたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article617.html)

関連記事

清水一史

最新のコラム