世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.614

ドイツ化する欧州,変わる独仏の力関係

田中友義

(駿河台大学 名誉教授)

2016.03.21

 欧州の現在の力関係を一言で表現するならば,「一強多弱」ということになろうか。どこかの国の政治状況に酷似している。一強とは「ドイツ」であり,多弱とはフランス,英国などその他のEU27ヵ国を指している。多くのメディアは,「一人勝ちのドイツ」を喧伝し,「ドイツ帝国」とさえ言い切る論者も出てきている(例えば,フランス人の歴史家・人類学者・人口学者エマニュエル・トッド『「ドイツ帝国」が世界を破綻させる—日本人への警告』)。世界を破綻させるかどうかはともかくとして,経済・貿易だけでなく,(軍事は別にして)政治・外交でも,欧州(あるいはEU)中でドイツの影響力が突出するなど,序列化が進行していることは間違いないだろう。

 かつて,戦後の欧州統合の推進に自国の運命を賭けたドイツ(当時,西ドイツ)はフランスの政治外交力に大きく依存していた。そこには,アデナウアー西独首相とドゴール仏大統領という両国を代表する政治家の緊密な人間関係が育まれていた(ドゴール著「回想録」など)。1963年調印の「エリゼ条約(独仏協力協定)」は独仏和解の土台となったもので,「パリ・ボン枢軸」などと呼ばれた。もっとも,同じフランス人のジャン・モネー主導で進む超国家的統合にブレーキを掛けるため,また,米国との「特殊関係」を有する英国のEC加盟拒否を目論んだドゴールは,エリゼ協定を軸にドイツを取り込もうとしたものの,アデナウアーがドゴールの思惑に完全に乗らなかったため深い失望感を味わったという。

 さて,政治・外交力優位のフランスが,経済力優位のドイツを牽引するという両国関係のバランスが,1989年のベルリンの壁崩壊,1990年のドイツ統一,1991年のソ連崩壊という一連の世界史的な出来事で大きく変わる。あまりにも急速に進むドイツ統一を巡って,フランスのミッテラン大統領や英国のサッチャー首相が必死の反対に回ったことが,その後公開された外交文書などで明らかになった。「ポスト戦後・冷戦」の秩序(Balance of power)が大きく崩れることを恐れたためであろう。

 現在の欧州に立ち戻ろう。多発する危機で満身創痍の欧州の難局に,リーダーシップを発揮できる唯一の政治家は,今やドイツのメルケル首相である。10年以上(2005年11月就任,現在3期目)の長きにわたって,ドイツのみならず欧州政界で大きな影響力を発揮してきた。「鉄の女」と呼ばれたサッチャーのような攻撃的なタイプではないが,慎重に決断する,バランス感覚に優れた政治家であって,「女帝」と揶揄されるほどである。

 他方,ドイツの最重要パートナーであるフランスは,もちろん依然として,確固たる調子で,声高に「フランスこそ第1位」と叫んでいるが,この叫び声は,今や現実とは大きくかけ離れている。独仏関係は,サルコジ大統領時代(2007年5月~2012年5月在任)には,「メルコジ」(メルケル+サルコジ),オランド仏大統領時代(2012年5月~現在)には,「メルコランド」(メルケル+オランド)と,メディアなどで喧伝されたものの,主導権は常にメルケルにあり,サルコジ,オランドともに,その役割を演じているふりをしているに過ぎない(ロンドン・エコノミスト誌)と厳しい見方がされるほど,フランスのEU内での発言力は地に落ちている。

 もっとも,一人勝ちのドイツが「覇権国」の地位にあるにもかかわらず,フランスを差し置いて,欧州を主導することにメルケルも,ドイツ国民も消極的だ。二度にわたって欧州を壊滅的な戦争に陥れたおぞましい記憶がドイツを政治的に控え目な立場をとらせている最大の理由である。「ドイツ化する欧州」はどこへ向かうのか(ウルリッヒ・ベック元ミュンヘン大学教授『ユーロ消滅?ドイツ化するヨーロッパへの警告』)。フランスの存在感の低下は,欧州統合の将来にとって,決して望ましいことではない。

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