世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.606

水産ビジネスから学ぶ資源の持続的成長性

髙井 透

(日本大学 教授)

2016.03.07

 ここ数年,近畿大学の養殖マグロが話題になっている。確かに,マグロの完全養殖は世界初であり,日本の養殖技術の高さがうかがえる。水産業は,世界的には成長産業である。その成長産業において,高い技術力を有することは国際競争力も高いと考えてしまう。しかし,日本の水産業の現実は異なる。養殖技術の高さとは裏腹に,水産業は衰退産業として位置づけられている。事実,日本の水産業の現実は「売れない,獲れない,安い」(片野2013)の三重苦と言われている。

 三重苦を抱える水産業ではあるが,不思議なのは他の水産国と比較しても日本の水産業は恵まれた環境にあることである。事実,日本は世界6位の広大な排他的経済水域を持ち,その水域には世界三大漁場の一つである北西太平洋海域が含まれている。この海域は世界の中でも生物の多様性がきわめて高く,事実,非常に多種多様な魚が獲れる海域である。しかも,水産業に関わる人も技術も世界ではトップクラスである。例えば,著者がインタビュー調査したある水産関係の企業の方々は,「日本の漁師のスキルは世界的にもレベルが高い」と述べていた。また,魚群探知機を初めとした水産業に関連する機械,設備の分野でも,世界的に高い技術を有する日本企業が多い。しかも,市場の面においても,魚離れが進んでいると,昨今,言われているが,依然として世界的にみればトップクラスの消費量を維持している。

 それでは,なぜ日本の水産業は衰退の道を歩み出したのか。その理由としては,200海里漁業専管水域の設定,海水温の上昇などのさまざまな環境変化の要因も取り上げられるが,ここでは資源の持続的成長という視点から,水産大国ノルウェーとの比較を援用しながら衰退要因を探ってみよう。

 ノルウェーと日本では,水産資源に対する持続性の考え方の違いが大きいと言われている。日本の水産業の場合,オリンピック方式(早い者勝ち方式)と言われ,よく言えば漁師の実力主義の世界である。漁の解禁とともに,より多くの魚が獲れる漁場を誰よりも早く見つけ,魚を獲る。そのため,成果の高い漁師は,漁のスキルや漁場はオープンにすることはない。事実,著者がインタビューで聞いた話ではあるが,本当に高いスキルを持つ漁師は,マスコミへの取材には応じないという。魚を獲るスキルの開示を恐れるからである。

 このオリンピック方式の問題点は,まだ成長しきっていない市場価値が低い未成魚でも獲ってしまうことである。漁師も成魚を獲った方が価値が高いとわかっていても,早い者勝ち方式のため,魚という魚を根こそぎ獲ってしまう。また,その魚を処理する加工工場も,工場稼働率を高めるために水揚げ量は多い方が良く,たとえ,大漁で処理しきれなくても,冷凍加工で魚を保存してしまう。このオリンピック方式は,まだ産卵もできないような価値の低い未成魚も獲ってしまうので,結局は資源破壊につながっていくことになる。

 実はこの方式,長期的にみれば,漁業を取り巻く利害関係者の誰にもメリットを生み出さない。例えば,漁師にとっては大漁になればなるほど需給関係もあり大漁貧乏になる。加工業者にとっても,特定の時期に能力を超える水揚げ量を抱え込むことは,加工に日数をとられ,それだけ魚の鮮度を落とすことになるし,また,保管や物流費用もかさむことになる。消費者も,加工プロセスで鮮度の落ちた商品を食べさせられる可能性も高くなる。

 それに対して水産大国のノルウェーなどでは,漁船ごとに年間の漁獲量が割り当てられている個別割り当て方式が採用されているため,決して大量に魚を獲ることはしないし,未成漁と成魚を区別して,未成魚は海に戻すという。漁師は,むしろ大漁になることを価格と資源の観点から歓迎しない。前述したように,日本と資源に対する考え方が根本的に異なるのである。日本の場合も,個別漁獲割当制度があるが,魚の業種も限られており,ノルウェーのようにその制度が厳格に運用されてはいない。

 もちろん,厳格に資源コントロールすればすぐに衰退産業から成長産業へと転換できるわけではない。日本の場合,他国と比較しても近海で多種多様な魚が獲れるため,ノルウェーのような制度の導入自体が難しいという声も聞かれる。しかし,現状の資源コントロールでは,かつての水産大国日本の復活は難しいだけではなく,他国と比較しても優位な日本の水産業の持つ可能性を引き出すことはできない。

 もともと水産業は裾野の広い産業である。漁船を作るための造船所をはじめ,加工用の工場,機械,施設,ドック,物流など漁業に関連した多くの設備,施設が必要になるため,雇用も多く生み出すことになる。しかも,水産業には日本水産,マルハニチロなどの世界的な大手企業が存在する。これらの大手企業の間では,資源を節約したりする工夫だけではなく,資源を創る養殖技術の競争がはじまっている。事実,マルハニチロはクロマグロで,日本水産はブリの養殖事業で成功を収めている。

 これら大手企業の水産ビジネスに対するイノベーションは,世界的な競争力を高める可能性を持っている。ただ水産ビジネスの場合,資源イノベーションのロジックは,製造業のそれとは異なる。製造業の技術イノベーションであれば,技術が進化すれば生産性が上がって企業の収益にも貢献する。しかし,生き物などの自然を相手にするイノベーションはそうはいかない。技術イノベーションの進化が,資源との調和を超えて早まれば,産業の衰退にもつながっていくことになる。魚の乱獲も,漁船や漁具などの技術進化があったことを見逃してはいけない。前述した,養殖事業のイノベーションも,水産資源を安定的に創り出す有効な方法ではあるが,餌を天然資源に頼れば,新たな資源枯渇という問題も生じてくる。

 水産業における日本の立地的優位性を生かすためにも,持続的成長という視点から,限られた水産資源の開発に取り組む必要があろう。効率性が重んじられる現代社会。効率性も資源の持続的成長が前提であるということを改めて考えさせられるのが,水産ビジネスである。

[参考文献]
  • 片野歩『日本の水産業は復活できるか』,日本経済新聞社,2012年。
  • 片野歩『魚はどこに消えた』,ウェッジ,2013年。
  • 小松正之監修『漁師と水産業』,実業之日本社,2015年。
  • 「日本の水産業の課題①~⑤」『日本経済新聞』,2016年1月25日~1月29日。

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